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総務大臣補佐官 太田直樹 聞き手 枝廣淳子 Interview13

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縮小する貨幣経済の鍵は
「何を食べるか」と「どうやって死ぬか」

枝廣:
いま私が書いている本のひとつに「地域経済をとりもどす」というのがあります。地域のいろいろな動きはあるけれど、やはり経済がしっかりしないといけません。日本全体で見るよりもそれぞれの地域がレジリエンスを高めていく。そういう意味で地域にすごく関心があるのですが、日本の地域を見ていらしてどんなことを考えていらっしゃいますか。
太田:
さきほどの貨幣経済が拡大していく局面に対して、縮まっていくときに何が引っ張っていくかということですが、個人的には、「何を毎日食べるか」と「どうやって死ぬか」ということだと思っているんですね。
「何を食べるか」ということに関して、僕は食べることが好きなので、豊かな食事をしたいと考えます。その裏側の経済というのは今の効率化したものとは違うんだと思うんです。誰が作って、どういうふうにやりとりしているのかという流通が違うんだと思うんですね。それはおそらく効率よく作られたものが効率よく運ばれて、効率よく調理される、というのとは違う経済がまわっているはずです。そこに外からのリスク、為替変動だったりするものに対して強い経済があって、しかも「10年前にくらべて豊かだよね」というのを体感できるものだと思っています。
もうひとつ、「どうやって死ぬか」ということに関しては、近所付き合いも含めて、どういう交通手段を使っているのか、どこで余暇を過ごしているのか、などが変わっていった先に、たぶん「幸せに死ねる」があるのでしょう。
わかりやすくいうと、今、在宅死亡率は14%ですが、ものすごく地域差があるんですね。島根県の海士町では45%。同じ政令市でも3%みたいなところから、一番高いところで20%くらいとかなり異なります。地域医療とかコミュニティが違うんですね。自分が愛している人のなかで、安らかにというのがモチベーションになると思っていますが、そのとき付随している交通やインフラ、レクリエーションというのを経済というものに実体化していくと、今とまったく違う経済になるでしょう。
食べることと死ぬことというのはこれまでと違った意味で、"違う"経済に向かっていくときの牽引車になるのかなと思っています。
枝廣:
「食べる」ということは前から言われているけれど、死生観含めて「死ぬ」ということはそんなには語られていないですよね。海士町は「海士で幸せに死ねる島」ということを言っていますが。太田さんが「死ねる」というあたりに着眼されたのはどんなところからだったんですか。
太田:
歳だからですかね(笑)。僕はいろいろな数字を見るのが好きで、なぜこんなに在宅死亡率が地域によって違うんだろうと思ったのが一番のきっかけですね。考えたときに、やはり病院より家がいいなと思いますし、そうならないためにはその手前にすごく豊かな人間関係がないと家で死ぬのはあり得ないんだろうなと思いました。
そうするとそれは単に健康に気をつけるというだけではなくて、どういう交通手段を使っているのか、誰と普段話をしているのかとかが全部変わっていかないと、たぶん変わらないんだろうな、というあたりを考えたんです。
実はそういう目線でいうと、たとえば富山市が路面電車を使っているのは背景に同じような理由があって、歩いてください、交わってください、お孫さんと一緒にいけば買物券がもらえますよと、そんなことを考えている人が行政でもいるんですよね。これは、経済を、生活を、どんどん変えていくトリガー(引き金)になるのではないかということを、ここ1年くらい思っています。
参考:幸せ経済社会研究所 > インタビュー > 富山市長 森 雅志
枝廣:
おもしろいですね。先ほどの、どんどん下り坂になっていったときのそれにかわる新しい価値のような、すごいお金持ちだけど効率の良い食べ物を食べて病院で死ぬのと、お金はあまり稼げないけれど、地域のものを食べて、みなに看取られて死ぬというのとどっちがいいかと聞いたら、みなに看取られてのほうがいいって多くの人はきっと答えますよね。
太田:
それに気づくということ、まあ、おそらく死ぬときに気づくのだと思うんですよね(笑)。ですが、もうちょっと手前で気が付こうよ、というふうに、いろいろなきっかけができればいいなと思います。
僕は中学生くらいから自分が死ぬ時の想像というのを定期的にするくせがあるんですけど、だいたい悲惨なわけですよ。特に30代のときなんかは悲惨でした。仕事をやらなくてはいけないという葛藤もある。「こんなことではなかったのに」と思いながら死ぬことをもし事前に変えられるのであれば、それってすごいことですよね。

経済と暮らし、そしてAI。
選択できる世界をー

枝廣:
今は経済が先にあって、それの範囲内で暮らしをどうつくるかという世の中ですが、こう生きたい、こう死にたいという暮らしがあって、それのための経済をつくっていく。経済と暮らしのどちらを先に考えるか。その考え方が違うんですね。
太田:
ただ一方で僕はあんまりそれがドグマ(政治的決定や命令、教義)みたいになるとだめで、選択できたらいいかなあと思います。それはテクノロジーも同じで、テクノロジーを使わない、という選択もできたほうがいいと思いますし、あるいは自分はガンガン働いて、消費したい、というのもあってもいいかなと思っています。東京は2030年まではそうなるでしょう。変わるときというのは時間がかかるじゃないですか。
枝廣:
選択できるというのは大事ですよね。去年、海士町でAIとロボットの話をしましたが、一番怖いのは何も考えないで無条件にいれてしまうことですよね。その時、例えば海士町は「AIいれない宣言」というのをしたらどう?という話になりました。本当に必要なところは自分たちで選んで取り入れるけれど、「AIフリー」みたいにしたら人が集まるかもしれないねという話をしていたんです。
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