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2016.03.24
定例読書会
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(3月17日開催)【音声受講受付中】『善と悪の経済学』を読む

読書会を音声で学んでみませんか

 

201603.jpg 【第52回】
 
 開催日:2016年3月17日(木)

 課題書:『善と悪の経済学
        トーマス・セドラチェク (著)


 

本読書会は音声と資料をご自身のパソコンにダウンロードしていただくことが可能です。いつでもどこでも、ご自身のペースに応じて学んでみませんか。

ご希望の際は事務局までお申し込みください。

■受講料
3,000円(税別)
※学生(除く企業の社会人学生)の方は1,500円(税別)です

■お送りするもの
・音声(MP3)
・講義資料(PDF)
※いずれもメールでダウンロードのご案内をさせていただきますので、インターネット環境をご準備ください。郵送でのお届けはございません。

■お申し込み方法
下記の項目をお書き添えのうえ、Inquiry@ishes.org まで、ご送信ください。

受付確認後、お振り込み口座をお知らせいたします。
入金確認をさせていただきましたら、ダウンロードのご案内をさせていただきます。
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件名:○月の読書会の音声受講を申込みます
お名前:
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お電話番号:
※学生受講の有無
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【備考】
※お申し込み後、一週間たちましても返信が届かない場合は、インターネットの送受信にトラブルがあることも考えられますので、ご一報いただきますようお願い申し上げます。 

 

読書会レポート

著者のトーマス・セドラチェクはチェコ共和国の経済学者です。読書会では、本書の第一部を取り上げました。第一部だけでも非常に長いので、ポイントを絞って読書会でとりあげた内容をご紹介します。
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セドラチェクによると経済学とは、自分が取り巻く世界を合理的に理解するための物語のひとつで、古くから存在していました。人類最古の文学作品である『ギルガメッシュ叙事詩』の中に、すでに市場、労力の効率的活用、分業といった経済の概念が登場します。
 
また、もともと経済は「よき暮らし、よき人生」について、つまり善悪や倫理を扱うものでした。しかし、現在の主流の経済学は、倫理を扱いません。なぜ経済学は倫理を語らなくなったのでしょうか? まずは昔の、経済が「よき暮らし、よき人生」について、つまり倫理について扱っていた事例を見ていきましょう。
 
旧約聖書では景気循環について、「神の命令に従って行動していれば、経済的に繁栄する」と倫理的に説明されています。しかも「イスラエルが法と正義を守り、寡婦と孤児を虐げず、主の言葉に従っている時には国は栄える」など、弱者を守ることが説かれています。その他にも、畑の持ち主は、落ち穂を貧しい人のために残しておく責任があるなど、経済的なセイフティネットについて論じられています。
 
また新約聖書でも、30のイエスにまつわる逸話のうち19が経済に関する話しだそうです。有名な「山上の垂訓」も、「心の貧しい人々は幸いである」と、心の貧困とはいえ、経済の重要なテーマである貧困が冒頭に示されています。こうした形で倫理が論じられているのです。
 
そうした中で、デカルトは、「抽象性」という点で経済学に大きな影響をもたらしました。よく知られているように、デカルトは、「物質」と「精神」とを分け、精神(知)を物質(経験)に勝ると考えました。この考え方により、今日の経済学者は経験的事実と関係なくモデルを構築することができるのです。
 
また、経済学が倫理を考えなくなった理由については、マンデヴィル(1670―1733年)の影響が大きいとセドラチェクはいいます。
 

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マンデヴィルの『蜂の寓話―私悪すなわち公益』という話では、繁栄する一方で悪徳も栄えていた蜂の社会は、「正義の社会の方がよりよい暮らしができる」という蜂たちの願いが叶い、生まれ変わります。しかし願いが叶ったはずの社会は、贅沢をしないためにものが売れず、悪い人がいないために警察も判事もいらないことから、多くの蜂が失職し、非常に貧しくなってしまいました。つまりマンデヴィルは、悪徳は国家の繁栄の源であるという、いわゆる「見えざる手」につながる考え方を提示しているのです。

「神の見えざる手」というとアダム・スミスが有名です。しかし、セドラチェクによると、現在のアダム・スミス像はホッブスなどの他者によって作られたもので、本人が論じている内容とは必ずしも一致しないとのことです。神の見えざる手についても、アダム・スミスが論じているのはたったの3回で、その3回ともその内容は全く異なるそうです。
 
このような過程を経て、もともとは倫理を論じていた経済学は、倫理からも経験からも切り離され、抽象的な学問になっていきました。しかし、現在状況は少しずつ変わりつつあります。前回の幸せ研の読書会で取り上げたステグリッツも、経済を考えるにあたっての倫理の大切さを繰り返し表明しています。
 
これから経済学はどのように変わっていくのでしょうか? 幸せ経済社会研究所ではこれからも経済の動向を追っていくつもりです。



(この文章は、読書会で取り上げた内容を中心にまとめたものです)

 

 

お問い合わせ

幸せ経済社会研究所 (有限会社イーズ内)
担当:横山
Tel: 03-5426-1128  Fax: 03-6413-3762
E-mail: Inquiry@ishes.org

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