100人それぞれの「答え」

写真:山内 道雄さん

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海士町町長

山内 道雄(やまうち みちお)さん

海士町にとって、経済成長とは、住民の全体的な生活レベルが上がっていくこと。人間力、民度が上がっていくこと

Q. 経済成長とは何でしょうか

理想かもしれませんが、一人ひとりが肌で感じるようなものが本当の経済ではないかなと思っています。幸せと一緒で、一人の人間が感じ取られるのが本当の経済ではないかな。100%満足することはできないでしょうけれども。

Q. 「経済成長」というと、どういう感じでしょうか。

大小は別としても、自分の暮らしで感じる、跳ね返ってくるものでないと、企業がいくら成長しても、個人とはかかわりのない話になってもいけない。

企業ももちろん伸びてもらわないといけませんし、経済成長してもらわないといけませんけれども、そのことが、最終的には個人にも感じられるようなものが理想的な経済ではないかなと思います。無縁なものになっては、経済とは言えないと思います。

Q. 経済成長は望ましいものでしょうか

どこまで行くかわかりませんが、経済というのは、基本的には成長は大事だと思います。

だけど、かつてのバブルがはじける前のような、そんなものではなくて、一人の生活とともに伸びていくようなものです。ボンとある日突然経済成長があるのではなくて、徐々にといいますか、生活リズムと合った経済成長は大事だと思います。そのような、経済と生活が密着したような伸び方が理想的ではないかと思います。

Q. 経済成長は必要なものでしょうか。

社会を明るくするとか豊かにするという面では、基本的には大事だと思います。成長のあり方は、もっとしっかりしたものがないといけないと思いますが。

私は、いつも昭和25年ぐらいの話をするんです。小学校5年生の頃の生活は、われわれの所はもらい風呂だったんですね。近所へもらい風呂に行く。何百メートルぐらいの範囲をみんなで行き来して。

今はすぐ湯が出るし、水が出るけど、当時は、井戸でつるべで水を汲み、風呂を沸かしていた。私たち兄弟も、火を付ける役や水を風呂に入れる役だった。生活用水も、桶に水をためていた。そういうことを考えた時に、いい生活の知恵があったんだなと思います。

夏休みは木こりに行って、枝おろしとか、間伐材を倒して、それを薪割りで割って、山に干していく。冬休みになって、それを出してくる。そうすると、おふくろがかまどで、羽釜でご飯を炊いて、風呂も沸かす。今の生活とは全然違いますね。

でも、あの時、貧乏だったかと言うと苦しいとかいう感じを、子ども心にあまり感じていなかった。山を駆けめぐって、春になるとワラビを採りに行ったり、木の芽を採りに行ったり、それで親に対する生活の手伝いをしていた。

全然今の子と遊びも違いました。でも、今考えて、「あのころはすごく幸せだったな」と思います。みんなが貧乏だったと言えば貧乏だったかもしれませんね。それこそ、一人だけ大きくなるような経済ではなくて、みんな同じような経済の中で。

もらい風呂に行くと、五右衛門風呂で、少々熱くても、子ども心に我慢する。水をうめてもらうのには、また水を持ってきてもらわないといけないから。ぬるくても、焚いてもらわないといけないから、少々ぬるくても子ども心に遠慮することも覚えたような気がします。

年寄りの家に行くと、かき餅を焼いて待っていてくれた。おふくろは、変わったてんぷらをすると、「あそこへ持っていけ」と言って。行くと褒めてもらって、それがまたうれしくて。あのころの生活、懐かしいといいますか、今の子どもたちには考えられないですけど。

Q. 経済成長を続けることは可能でしょうか。その理由は

どこまで続くかというのは見えませんね。資源の問題だとか、いろんなことを考えた時に、本当にわれわれが求め続けて、それがずっと未来永劫続くかと言うと、不安がありますね。資源そのものが、日本でも限られてきているし、燃料の問題、エネルギーの問題にしても。

だから私は、求め続けても、成長がその通り行くとは思っていない。やっぱり、今の地球資源の中では限界があるかもしれない。限界がいつか来るんじゃないかなという心配がありますね。

原発に代わる何かを発見しないと、日本の経済はなかなか難しい。この間も、東京で原発ゼロと言っている小泉純一郎さんの話を聞きました。「原発ゼロ」なんて、無責任なことを言っているなと思った時に、彼が言ったのは、「自分は総理で原発を進めてきた立場で、今はこんなふうに浪人です」。ちょうどその時、ノーベル賞をLEDの関係で3人がもらった頃だったのですが、「日本はいい科学者がいるんだ。原発を超えるものを発明する。そういうことに金をもっと使うべきじゃないかと、自分は言っている。原発には今、どれだけ金がかかっているか。そして、使った後の処理はしていない。だから限界が来ると言っている」と。私も、そういうことなのかなと思いました。

やはり、資源・エネルギーは無限ではないと思っていますから、押せ押せでは限界があるような気がしています。新たな発見がないと。原子力に代わるものがないと。

Q. 海士町にとって、経済成長とはどういうものでしょう?

住民の全体的な生活レベルが上がっていくこと。食べることとか飲むことだけではなくて、人間力といいますか、民度といいますか、こういうものを、私の立場で言うなら、上げていくことです。そういう社会をつくることが理想ではないかなと思います。

ですから、もう1回ここで立ち止まって、幸福とは何かとか、満足感とは何かとか、そんなことをお互いに考えたり話したりすること。

今、変えるのは教育しかないと思っています。「地方創生」なんて言っていますけれども、家族関係が壊れたり、一方で、教育がおざなりになった。今まで文科省が言っている教育は、デスクに向かっての教育、いわゆる偏差値の教育だったと思うんだけれども、もっといい意味で、人間とは何なのか。人間力といったもので社会を支えていくという、そういう社会でないといけない。

そうしたときに、海士町では、先日の選挙の投票率が良かった。これは1つの民度だと理解しています。町のスローガンにも、「自立・挑戦」と書いていますが、一人ひとりの人間が自立しなかったら、海士町の自立はない。一人ひとりの自立を支援していく。それは教育でしかないと思っています。

島前高校が「グローカルな人材をつくる」と言っています。今は阿部君たちが頑張っているけれども、いつかは高校を卒業した彼らが帰ってきて、海士町を支えてくれる。それを期待しています。だから私は、教育は先行投資だと思っています。毎年、相当なお金を投資してきた結果、島前高校の今があるのです。現在の大学の4回生以下は、ふるさとへの志向が強くなってきているので、私はそこに期待しています。

私らの時代でも、親たちは「こんな所にいても駄目だから、しっかり勉強して、偉い者になれよ」と、単純な願いを持っていました。「東京へ」が悪いと言いますが、東京へ、みんな追い出したんですね。「こんな島にいてもつまらん」と。結局、地方の優秀な連中が今の国をつくってきたんですね。

今は、島前高校、幸いうまくいっています。学習センターとの連携もあって。私は、「民間でしっかり勤めて、ふるさとに対する思いが下がらなかったら、それからでもいいから、帰ってこい」と言っています。

Q. 教育とか民度とか、本当の幸せを大事にして、力を入れていく一方で、海士町の経済を成長させることの関連は、町長の中でどんな感じなのですか。

今、模索しているのは後継者です。漁師の後継者、農業の後継者が、Uターンで帰ってくればいいんですけれども、帰ってこない。そうすると、Iターンで求めることになる。

あまり言うと、みんなが深刻になるといけませんが、農業と漁業の後継者は絶対必要です。島だから、逆に農業と漁業しか食えないです。

ですから、そこのところにもう1回、これからの海士町は原点に帰る。漁師をやっている人が「町長、子どもを役場に入れてくれ」と来る。今はこんな人いませんよ。今ではわかっていますから。「ばかやろう」と私が言うものだから。

私は、新たな農業のあり方、ハウス栽培をやれば儲かる農業はできるということも聞いていますので、地道な農業を興していくことを考えています。海士町、隠岐4島の島内消費だけ考えても、結構いけると思うし、農業に力を入れたいですね。

Q. 経済成長に伴う犠牲とか、デメリットというのがあるでしょうか

この地域での犠牲やデメリットはないでしょうけれども、日本の国という大きな目で見た時は、今まで必ず裏がありましたね。経済成長の裏には必ず影があって、儲けていく部分と、そうでない部分がある。過当競争があったり、いろいろな中で目に見えないさや当てをしてきた。

みんながどういう幸せを求めているかというところに基本を置かないといけないのではないか、そうすると、自然に、求めている経済成長のあり方も変わってくるのではないか、と思います。

大富豪になる必要もない。一部の大企業がボロ儲けするような社会では、全体の幸せとは無縁なものになってしまうし、日本の国が幸せかと言うと、国民感情からしても幸せだと思えないでしょう。

人間、欲がない者はないけれど、最後は宗教観と言いますか、精神性の世界に帰らないといけないのかなとも思います。人間の勝負は、最後は生きざまじゃないかと思う。金があれば、すべて満足を買えるかと言うと、そうでもない。金がなくても満足かと言うと、そうでもないけれど、その度合いというか、具合じゃないかと思います。

Q. 日本がこれまで経済成長を続ける中で失ったものがあるとしたら何でしょうか

人間としての心を失っているんじゃないかと思います。競争社会ということもあるし、企業は競争心もないといけない。その中で、あまりにも経済ということが先に出ることによって、人間らしさというものが薄れているんじゃないかなと、全体的に日本の国を見たときに、そんな感じがします。

昔の良さは何かと言ったときに、貧乏が良かった、あの時代は良かったなと思います。昭和25年ごろ、自分が小学校5年生から中学3年ぐらいの生活を考えたときに、あのころは、確かに経済的には貧乏だったかもしれないけれども、何か満足、親も満足してましたね。一通り子どもを育てて、その思いもわかる。子どもたちも、今日は木の芽採りに行って、親が喜ぶんじゃないか、ワラビを採ってくれば親が喜ぶんじゃないか、と。山でも海でも。肉を売っていないから、さざえカレーです。「いいもの取ってきたな」と、方言で「しった、しった」と。

エダヒロ:「よくやった」と。

精神論的なことを言っているけど。

エダヒロ:気持ちがつながっていないとかいうことですか。

確かに、社会の中では、夫婦間もあるかもしれないけど、親子の問題もある。この前も「中国空き家サミット」があって、私が最後に言ったのは、「今日は他人の問題として空き家を語るけど、おれも、長男が帰ってこなかったら、次男は嫁がいないし、次の時代は空き家になるんだ」と。

それは何かと言うと、「ふるさと教育」とか、そんな薄っぺらいものではなくて、もっともっと親子をつなぐようなものです。昔、おれたちは「帰ってこんでもいい」と言われたけど、今は、「帰ってこいよ」という声掛けくらいはする教育がないと駄目じゃないかなと思う。親が「帰ってこい」と言わなかったら帰ってこない。

3人兄弟がいるなら、誰かが帰って面倒見てくれ、と。「面倒」と言うと厄介になるかもしれないけど、誰かがこの家を継いでくれよ、という、昔式かもしれないけど、そういう教育です。学校教育だけではない。親子の教育が大事じゃないかなと思います。

Q. 失ったものは心じゃないか、と。もう1つ、「人間らしさ」という、町長にとって人間らしいとは?

泥臭いことかもしれないけど、「つながり」というもの。確かに人間、好き嫌いがあって、好きなタイプと嫌いなタイプがあるんだけど、でも、どこか人間としてつながっている。それがだんだん薄れてきているような気がする。

エダヒロ:時代として、つながるとか、親の思いを聞くとか、親に思いを話すとか。

それがない。うちがないからかなと思うんだけど。

Q. 「経済成長」と「持続可能で幸せな社会」の関係はどうなっていると考えますか

空気だけ吸って生きていけないから、経済成長というか、どこまで求めるかの問題だけれども、経済力は大事だと思う。「衣食足りて礼節を知る」と言うように。どれだけ求めるかの差があると思う。これで十分だと思うか、もっともっと多くなのか。

こちらを主にして、金を貯めるのが趣味だ、くらいの人もいるわけ。海士にもいっぱいいる。確かに金持ちだけれども、それと社会性は必ずしもリンクしていない。金を持っている人が社会的に貢献しているかといえば、そうではない。

言ってしまえば、最後は「生きざま」になるかもしれない。何を求めているか。その生きざまが、経済性を優先するのか、社会貢献とか人との付き合いという、金にならないことを優先するのか。この両極端になるような気がする。

Q. 人によって社会を大事にするか経済を大事にするかという話はあると思いますが、視点を個人から大きなところへ移して、たとえば海士町で考えたら。海士町にとって「経済成長」と「持続可能で幸せな社会をつくること」はどういう関係性があるのでしょう?

全体的に貧富の差というか――経済の差ではなくて、どのくらいになるかわからないけれども、ある程度、あまり格差のない経済成長は大事だと思うし、貧富の差というか、落差があってはいけないと思うけれども、それをどこまでにするか。

あと、生き方の問題が出てきて。たとえば賃金カットをやったとき、福祉も求めればいくらでもあるんだけれども、「与える福祉」ではなくて、自分たちも我慢したり、自らするという福祉もあったりするから、経済成長と住民の意識をどう絡ませるかというのが大事じゃないかなと思う。

エダヒロ:経済成長と住民の意識をどうするか。経済成長すれば住民の意識が上がるとは限らない。

限らない。人間の欲は、特に経済成長だけを見たときには、これで満足というのはないと思う。どこまでかと言ったときに、行政としては住民サービスにつぎ込む金が大事なので。海士町は教育に金を入れている。僕は大事だと思っているけど、その使い方の問題。行政に問われているのはそこ。

確かに福祉というのは与えるものではないと、私は思っている。福祉は、「もらうこと」と「与えること」という関係じゃ駄目だと思う。「自助自立」の精神、年を取っても、100になっても必要だと思うし。その中で、行政はどう日を当てていくか。

そのときに初めて、全体的な財政は苦しくても、住んでいる人が幸せを感じるかどうか。海士で生まれて、海士で生きてよかったなとあの世に旅立つ感じ、そういう社会をつくらないといけないと思う。

経済だけで持続可能になるかと言うと、ならない。そこに住む人の心とのバランスがどう取れているか。求めているもの。そこが大事じゃないかな。

エダヒロ:住民がどこで満足するかという。

そうでしょうね。求め方というのは、最高のものを求める者も最低のものを求める方もあると思うけれども、「普通でよし」というような。普通というのはどこか、難しいところだけど。そういうことが大事じゃないかなと思う。

行政の立場は、「これでよし」ということはないと思う。住民が100%満足することもない。そこでどう仕分けをするかということが大事。できないものはできない、やらないことはやらないという。

私がいつも、本当に住民にやさしい政治とは、本当のことを言ってあげることだと思っていますから。「それはできない」「それはやらない」と。なかなか言えないかもしれないけど、私は言うべきだと思っています。

求めればすべて応えるんじゃなくて。そこは力量の問題になってくるかもしれないけれども。決して、福祉は与えるものではないし、教育は金がかかる。福祉は、目の前で金をやれば、人は「ありがとうございます」と言うかもしれないけど、教育は時間をかけないと成果が表れない。そこに難しさがある。

「なんで福祉予算を切って」とか――福祉予算、切ってないけど、「教育にばかり金をかけてどうするか」という批判もあるかもしれない。だけど、教育は時間と金がかかる。教育に金がかからないというのはウソで、金をかけないと駄目だと思っている。成果が表れるには時間がかかる。

エダヒロ:20年とか、かかりますね。

かかる。そこのところの割り切り方というか。行政がしっかりしていないといけないんじゃないかな。


インタビューを終えて

首相や省庁がよく地方創生の成功モデルとして引き合いに出す、島根県隠岐の島海士町。私は幸せなことに、町長が「阿部君」とインタビューでも名前を出された巡りの環の阿部裕志さんのお声がけで、海士町の総合戦略策定のアドバイザーとして、毎月海士町にお邪魔して、みなさんとワークショップをしたり、勉強会をしたり、シンポジウムに参加させてもらったり、定置網を見学させてもらったり、夜はスナックで島のキーパーソンからいろいろなお話を聞かせてもらったりしています。

今の海士町を作ってきた原動力である山内町長は、町役場の会議を「経営会議」と呼んでいます。町を経営する立場としての町長は、最初から最後まで、住民のための町政を考えていらっしゃることが、このインタビューからも伝わってきました。
「一人ひとりが肌で感じるようなものが本当の経済ではないかなと思っています」
「経済と生活が密着したような伸び方が理想的ではないかと思います」
「みんながどういう幸せを求めているかというところに基本を置かないといけない」
「本当に住民にやさしい政治とは、本当のことを言ってあげることだと思っています」

そして、「海士町にとって、経済成長とは、住民の全体的な生活レベルが上がっていくこと。
人間力、民度が上がっていくこと」との言葉。全国の投票率が30~40%と低迷しているときでも、海士町の投票率は80%とずば抜けて高く、「これは海士町の民度の高さだ」と胸を張っておられました。本当にそうだと思います。大事にすべき、伸ばすべきは何なのだろうか?と考えさせられます。

「人間の勝負は、最後は生きざまじゃないかと思う」という町長の「海士で生まれて、海士で生きてよかったなとあの世に旅立つ感じ、そういう社会をつくらないといけない」いう思いが、町長を支える町役場職員や民間や住民の方々の手で、知恵で、汗で、少しずつカタチになっていくプロセスに少しでも携わることができて、本当に幸せなことだと思います。

取材日:2014年12月15日


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