経済成長を考える

いっぱいの世界(full world)の中での経済のあり方

ハーマン・デイリーの定常経済の考え方の背景には、物理学の基本があります。ここでは、地球という惑星での経済のあり方を、ハーマン・デイリーがどのように考えているのかを、簡単に紹介します。

まず、太陽と地球の関係を考えてみましょう。地球は、太陽系に属しており、太陽からのエネルギーを受け取っています。そして、地球は熱を宇宙に放出しています。宇宙から地球に届くのは、基本的には「太陽エネルギー」のみで、このエネルギーの量を人間はコントロールできません。また、地球から宇宙に放出されるのは「熱」だけです。地球は宇宙の中にありますが、地球は宇宙と物質などのやりとりはしていないということです。そういう意味で、地球は基本的にそれ自体で完結しているシステムであり、「閉じたシステム」なのです(図1の左側の砂時計)。

それでは、この地球という基本的に閉じたシステムの中で、どのようにモノは生み出だされるのでしょうか? 無からモノを生み出すことはできません。これは物理の法則です。

自然が何かを作り出すときには、地球の外からやってくる太陽エネルギーを利用することができます。植物は、太陽からのエネルギーを、光合成によって栄養に換えて取り込みます。動物は、植物を食べることでそのエネルギーを取り込みます。微生物は、動物の排泄物などからエネルギーを取り込み、土を作ります。土中のエネルギーは、ふたたび植物に取り込まれます。これが生態系の営みです。

この生態系の営みによって、石炭や石油といった化石エネルギーも作り出されます。化石エネルギーは何千万年も前の植物の死骸が化石化したものなのです。しかし、化石エネルギーが作り出されるスピードは、私たち人間の時間感覚からすれば、気が遠くなるほどゆっくりとしたものです。

つまり、自然界では、生態系の時間のリズムで、モノが生み出されているのです。太陽のエネルギーは無限でも、この生態系のリズムの中でしか、そのエネルギーを使用することができないのです。

私たち人間が行っているモノの経済的生産も、この生態系の営みの中で行われています。私たちは「生産」という言葉を使いますが、人間がモノを生産するとき、実は、自然から供給された原料を、人間にとって価値あるものに「変形」しているだけなのです。どんなに人工的に見えるものも、決して無から作り出されているわけではありません。そして、原料からモノへの変形には、エネルギーが必要です。

エネルギーに関して、ハーマン・デイリーは「エントロピー」という言葉で説明しています。エントロピーの法則を簡単に表現すると、「エネルギーも物質も、より有用ではない状態に向かっていく」ということです。たとえば、石炭は、一度エネルギーを作るために燃やすと、二度と燃やすことはできません。そして、石炭を燃やすと、燃えかすと熱がでますが、これらは有用な物質でもエネルギーでもありません。私たちが人間エネルギーを使うということは、同時にこうした有用ではないエネルギーを排出しているということでもあります。

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図1の右側は、この関係を砂時計に例えたものです。砂時計の上には、鉱物と化石燃料、つまり有用な化石燃料があります。私たちはそれを利用していますが、そのスピードは、砂時計の真ん中のくびれの太さを変えることでコントロールできます。そして、砂時計の下には、化石燃料を燃焼することで生じた廃棄エネルギーが落ちておきます。現実世界の砂時計と異なるのは、私たちはこの砂時計をひっくり返すことはできない、つまりこうした廃棄エネルギーを再び利用することはできない、ということです。砂時計の下には、有用ではないエネルギーが溜まって行く一方なのです。

ここまでの話をまとめたものが、図2です。上下2つの図がありますが、この2つの図の構造は全く同じです。まず、太陽のエネルギーが地球の外部から生態系に入ってきます(左側)。そして、熱を外部に出しています(右側)。図の真ん中は、経済を表しています。私たちが経済活動を行うために(つまりモノを作るために)、原料となる物質とエネルギーを生態系からとりだし、また最終的には廃棄物として有用性の低い物質とエネルギーを生態系に戻しています。そして私たちは自然からは生態系サービスを、経済からは経済サービスを幸福として受け取っています(図の外側)。

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具体的な例で説明すると、家を建てるために、私たちは生態系から木材を取り出します。また、重機を動かすためのエネルギーなど、さまざまな原料を取り出します。木材を伐採すると、木の生態系サービス(光合成や保水機能など)は失われます。その一方、建てた家からは、経済サービスとよばれるものを得ることができます。エネルギーを使う際に出た熱や、家から出た廃棄物は、自然界に戻されます。

2つの図が異なるのは、経済の大きさです。私たちの世界は、経済規模の小さい「空っぽの世界」から、経済規模の大きい「いっぱいの世界」に移行しています。「空っぽの世界」では、成長を止める必要はないかもしれません。しかし、「いっぱいの世界」では、成長するためのコストが便益よりも大きくなってしまうので、成長を止める必要があります。

「空っぽの世界」から「いっぱいの世界」に移行するにつれ、総体として、生態系サービスから得られるものは減り、経済サービスから得られるものは増えていきます(矢印の太さがそれを表しています)。そして、経済がさらに成長すると、経済から得られるサービスの成長速度は小さくなっていき、生態系サービスはどんどん失われ、なかにはあきらめなくてはならないものも出てきます。

プラスが減り、マイナスが大きくなるのでは、不経済です。経済成長もここまで来ると、「不経済成長」となってしまうのです(不経済成長について詳しくは、「現在の経済成長は"不経済成長"である」を参考にしてください)。ですから、「いっぱいの世界」では定常経済が必要なのです。

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