100人それぞれの「答え」

写真:中川 覚敬さん

086

海士町役場 地域教育魅力化コーディネーター 文部科学省から出向

中川 覚敬(なかがわ さとゆき)さん

国防とか借金の問題とか高齢化を考えたら経済成長が必要だけど、海士町に来ると、違う道があるのかもしれないと思う

Q. 経済成長とはどういうことでしょうか

経済成長とは、「生み出す力」なのかなと思いました。理科の教員をやっていたからかもしれませんが、ロケットをつくるとか、車をつくる、スカイツリーをつくる、医療技術にしても、ある程度経済成長しないとできないことなのかな、と。

「夢をかなえる力」と言うと大げさですが、何かを生み出す力というものを、経済成長は持っているのかなと思っていました。

Q. 何かを生み出す力が経済成長につながるのか、それとも経済成長しないとそういうものができないということなのか、どちらでしょう?

両方だと思います。何かを生み出そうと思って、人はいろいろなものをつくり、それが経済成長につながって、さらにより良いものになっていくのかなと思います。

Q. そういう意味で言うと、経済成長は望ましい?

そういう思いを持って、大学時代を過ごしてきました。教員をやっている時は、経済成長のマイナス面をたくさん見る機会が多かったです。ちょうど子どもが携帯電話を手にした時期で、子どもの教育に、プラスの影響もあるのかもしれないけれども、マイナスの影響を与えている部分をすごく感じたり、親が会社に縛られて子どもと話す時間がなくて、子どもが寂しい思いをしているという姿を目の当たりにしたり。経済成長が本当に必要なのかなと、疑問に感じていた時期がありました。

でも、教員を辞めて文科省に行って、国の中心から見ると、またちょっと考えが変わりました。防衛力をある程度維持しないといけないとか、最低限のインフラや、医療技術や教育の質を上げようと思うと。経済成長はどこかで止められるものではないので、自転車のように、スピードは置いておくにしても、こぎ続けないといけない。国として、「やーめた」とはいかないというジレンマに陥りました。

教員のころは、経済成長の負の部分を見てきて、でも、国にいると、経済成長がないと難しい、というところを感じているところです。

エダヒロ: 「自転車のスピードは置いておく」とおっしゃったところ、もう少しイメージをお聞きしたいと思います。私も「経済を続けていく」ことは大事だと思っていますが、それは同じスピードでこぎ続ける、つまり経済活動をずっと続ける、ということで、「経済成長」というのは、自転車を加速し続けることですよね。そういう意味で言うと、国防などおっしゃったことに関して、同じ経済規模で経済が回っていればいいのか、それとも規模を大きくしていかないと難しいのか、どうなのでしょう?

人口がこれ以上多くならなければ、今のスピードを維持できれば理想だろうと思います。ただ、グローバル社会の競争の中で、ほかがみんなスピードを上げているのに、日本だけ一定速度で走り続けられるものなのか? その答えを見つけないといけないという思いは強いです。

エダヒロ:グローバル社会で生き残っていくには、ほかと同じように大きくなり続けないといけないということ

いけないという雰囲気が、少なくとも東京にはあるんだろうなと思いました。逆に、海士に来て、まだ10日ですから、これから2年間かけて見つけないといけないと思うんですけれども、経済のスピードとか経済の規模とかを追い求めていくのではダメだという気がしています。

海士町もちゃんと経済はボトムアップしているんだけれども、空気感が違うんですね。リズムが違うというか、空気が違うというか。原点を忘れていない経済成長の仕方があるのかなと。第三の視点をここで身につけられたらいいなと思いました。

エダヒロ:教員をやっていて負の側面を見たけど、国の中央から見ると必要だし。

そうですね。国防とか借金の問題とか高齢化を考えたら必要だけど、海士町に来ると、違う道があるのかもしれないな、と。

不思議な空気ですね。来る前は、みんなもっとのんびりしているのかと思ったんです。だけど、皆さん、新しい商品を開発したいとか、外貨をもっと獲得しようとか、もっとおいしい牛を育てようとか、経済成長を目指している点では東京と変わらないですよね。

だけど、スピードがゆっくりというわけでもないけれども、都会と比べて窮屈ではないように感じました。人を中心に置いているのかもしれない。そこの秘密を見つけないといけないと思って。

エダヒロ:大いなる使命ですね!

里山資本主義に通じるところはあると思うんですけど。

エダヒロ:そうですね。人のつながりとか、顔が見える感とか、すべてがアンダー・コントロールというか、海士にはそういう感じがありますね。

そうですね。顔が見えるというところが大きいんでしょうね。

エダヒロ:東京の人などは、それが煩わしいと言いますけど。もちろん、こちらの人にとっても煩わしい面もあるのでしょうけど、安心感というか、確かさというのがありますね。そういうものの上に経済活動が成り立つ可能性があるということですね。

経済成長について、大学の時と教員の時と文科省と海士町と、立場によっていろいろな思いをお持ちなので、どういう立場から、もしくは「この立場では」というお答えでもいいですが、経済成長は必要なものか、経済成長を続けることは可能か、という問いには?

「続けることができる経済成長は必要」という答えになるのは間違いないのかなと思いました。人を不幸にする経済は持たないでしょうし。

東京に住んでいても、みんなそれはうすうす気づいている空気は感じるんですね。「あれ?」という思いはある。それが、海士町にIターンやUターンが増えている1つの背景だと思います。それは私も、いろいろな立場を経て感じたので。

ただ、経済成長はやはり必要だと思います。この国は、経済成長することで、人を幸せにできるような何かを生み出す力は残っていると思うので、そのためのやり方を学んでいかないといけないのかなと思います。

Q. 経済成長は必要だとして、続けていくことが可能かどうかは?

人の顔が見える経済成長は必要だと思います。これだけグローバル化してしまったら、難しい課題だと思いますが、この人が食べるというのを頭に思い描いて魚を加工している人と、誰が食べるか分からない中でやっているというのでは、同じ作業でも、幸福感や得るものが違ってくると思います。

顔が見える経済システム、人のつながりを感じられる経済システムが必要だと思います。グローバル社会の中で、どこまでできるのかはわからないですけれどもす。

Q. 追加の質問になりますが、経済成長が必要と言ったときに、日本全体のGDPで測られるものを経済成長と言う場合もあるし、これから人口が減っていくので、1人当たりのGDPが増えていけばいいじゃないかという考え方もありますね。経済成長が必要と言ったとき、どんなイメージでしょう?

私の中での経済成長は、「量」ではなくて「質」なのかなと思っています。1人当たりのGDPも、結局は「量」なんですね。

そういう、生み出す「量」ではなくて、生み出す「質」を測れる尺度がないのかな、と。同じ経済規模の国を見比べたときに、「こちらの国は、この国でしかつくれない物をつくっている」、片や、「こちらの国は安い労働力を働かせて大量にものをつくっている」としたら、同じ経済規模でも「質」が全然違うと思います。

「質」という経済の指標が求められているのかなと。そういう意味では、海士町の質は高いのかなと思います。ここにしかない物をつくっている。

エダヒロ: 「量」か「質」かということで言うと、ご出身の文科省の役割も大きいですよね? たとえば、量のための労働を育てるのか、それとも、経済の質を高めることができる人を育てるのかによって、人の育て方や教育も違うんでしょうね。

そうですね。違いますね。そういう意味で言えば、文科省も、そういうふうに舵を切っているのかなと思っています。その先進的なことをやっているのが、海士町にある島前高校なのかもしれないです。キャリア教育という言葉では語り尽くせないと思いますが、教授方法を超えて、どうやって教師がもっと子どもにかかわれるのか、どうしたら地域住民とかかわれるのか、人とのかかわりですね。子どもたちをいかに、大人とかかわらせたらいいのかというのを、文科省も考えているというのは感じています。

海士町に来てまだ10日しかたっていませんが、ここの島前高校の強みの1つは、こういう小規模の学校の少ない子どもたちに、これだけの大人たちがかかわっているという、かかわり力、つながり力ですね。これが、最終的には、労働の質、クリエイティブな仕事につながるのかなと。

社会システムを変えないとこの国は良くならないのかなと思ったこともあったんですけど、海士町を見て、人が変わらないと社会システムは変わらないんだという、当たり前のことを再確認させてもらっています。文部科学官僚としては、すごく希望を持てました。

エダヒロ:それはうれしいですね! 日本はこれまで、低コストでたくさん働いて稼ぐような労働力を生み出すための教育をずっとやってきて、なかなかクリエイティビティの世界で勝てなくなってきた。「教育が大事だ」という話はよく聞くけど、こういうところにもヒントがあるということですね。

そうですね。どれだけ身近な課題を見つけて、自分たちでそれを解決しようと思うか。その当たり前のプロセスがなかなかないことが多い。

エダヒロ:でも、すごいですね。10日でいろんなことを感じられて。たくさんのお酒とともに(笑)。

それぐらい魅力的な人と話ができています。ぜいたくな時間だなと思っています。国の審議会の委員で来てくれて、挨拶と名刺交換だけで終わるような人達と、肩を並べてじっくり話をしています。皆さん、気さくだから、そんなこと気にしてないと思いますが。

エダヒロ:海士町の人も魅力的だし、それを慕って外からも、いろんな人が来るし。面白いですよね。

はい。

Q. ここで2年間というのはいいですね。日本の教育を変えていけるかもしれないですね。質問に戻って、経済成長を続けることに伴う犠牲やマイナス面についてはどのように思われますか?

マイナス面は、どうしても弱いところにしわ寄せが行くことです。元教員の立場から言わせてもらえば、子どもたちのところに一番しわ寄せがいっているのかなと思いました。

働かなければいけなという中で、親がなかなか帰ってこない。おなかをすかせて、コンビニに行って、万引きしたり、というのが少なからずあって。そういうことがいっぱいあると、今度は教員が疲弊してしまう。そうすると授業の準備ができなくて、満足に教えられなくて悩む、というような悪循環が生まれてしまっているのかなと思います。

いい経済成長は、いい循環が生まれるはずです。豊かになって、ゆとりができて、子どもとかかわる時間が増えて、と。今は不況だからなのか、そういう良い循環ではなくて、逆の循環になっているので、この循環を断ち切らなければいけないと思います。

Q. 「経済成長」と「持続可能で幸せな社会」の関係はどうなっていると考えますか

持続可能な社会があってはじめて経済成長ができる。どちらかが欠けても成り立たないと思っています。経済成長が止まってしまうと、持続可能で幸せな社会は成り立たないと思いますし、持続可能で幸せな社会でないと、経済成長も成り立たないと思っています。

その根拠は「人」なのかなと。経済を成長させているのは、機械ではなく、「人」だと思います。人が夢を持つというか、何かを生み出す力が経済成長なので、「何かを生み出したい」と思わないと、経済成長はしないはずですから。

そのためには、幸せな社会が前提にないと。「取りあえず、明日生きられればいい」とか、「帰って早く寝たい」という社会だと、経済成長は止まるはずです。

なので、何かを生み出したいと思えるような人が生まれ、そういう人であり続けるためには、持続可能で幸せな社会でなければいけないという思いです。

Q. 両方があってはじめて両方が成り立つとしたら、昨今の、もしくは今の日本をどのようにご覧になっていますか? 「経済成長」は、株価などは上がっているけど、「幸せで持続可能」というほうはどうかなと

みんな、そのことには気づきながらも、中国とか、ほかの東南アジアが走っているから、取りあえずは追いつかないといけないと思って、必死に自転車をこいでいる段階なのかなと。どうやって幸せな社会をつくれるのかを考えながら、自転車をこいでいる、一番しんどい時期なのかなと思います。

マラソンも、無心で走っていたら楽ですけど、「何で、おれ、走っているんだろう」思うと、すごくしんどい。

今、日本の社会がしんどいのは、がむしゃらじゃないから。でも、それはすごくいいことです。考えながらみんな走っているので。

1つの可能性としては、地方には方向転換できる可能性があるのかなと。グローバル企業ではなかなか難しいと思うので、地方から少しずつ、「こういう自転車のこぎ方があるよ」みたいな。そういうのを教えてくださいというのが、これからの東京と地方の在り方なのかなと思います。

そのために私がここに派遣されたので、しっかりと答えを見つけていかないと、帰れないかなと。

Q. これまで、「国から地方へ」というと、国の何かを教えに行くとか、指示しに行くというパターンでしたよね? 今回地方にタウンマネージャーとして政府から派遣された方々は、学びに?

少なくとも私は、学びに来ていると思っています。国の役人が行って、「これを教えます」というのではもうありません。地方が持っている魅力や時間軸、自転車のこぎ方を教えてもらって、それを今回地方に派遣された全員が国に持って帰ったら、もしかしたら、すごいエネルギーが生まれるのかなと。それが持続できれば、地方から人の派遣・交流になりますし。そのためには頑張らないといけない。

エダヒロ:海士の人たちとお酒を飲みながら、大事な話をいろいろ聞いてくださいね! そして、ご自分の持続可能性もぜひ大事に(笑)。

ありがとうございます(笑)。


インタビューを終えて

文科省から海士町に派遣され、2年間の出向が始まって10日の中川さんにお話を聞きました。中学校の教員というユニークな経歴もあるのでしょうか、いわゆる「国の役人」というイメージには当てはまらない、柔軟で謙虚な素敵な方です。海士へ来てわくわくしていらっしゃる様子が伝わってきます。

「教員のころは、経済成長の負の部分を見てきて、でも、国にいると、経済成長がないと難しい、というところを感じている」という、立場によって見えるものが違う経験を話してくれました。そのうえで、「国防とか借金の問題とか高齢化を考えたら(経済成長は)必要だけど、海士町に来ると、違う道があるのかもしれないなと思う」とのこと、わずか10日間でもそう感じさせる海士町も、そう感じる中川さんも、すごいな~と思います。

「原点を忘れていない経済成長の仕方かな」「人を中心に置いているのかもしれない。そこの秘密を見つけないといけないと思って」「地方から少しずつ、『こういう自転車のこぎ方がある』みたいな。そういうのを教えてくださいというのが、これからの東京と地方の在り方なのかなと思います。そのために私がここに派遣されたので、しっかりと答えを見つけていかないと、帰れないかなと」――中川さんにぜひ2年後に同じインタビューをさせてもらいたい!と切に願っています。

「地方が持っている魅力や時間軸、自転車のこぎ方を教えてもらって、それを今回地方に派遣された全員が国に持って帰ったら、もしかしたら、すごいエネルギーが生まれるのかなと」――もしかしたら国が変わるかもしれない!と期待が膨らむインタビューでした。

取材日:2015年4月11日


あなたはどのように考えますか?

さて、あなたはどのように考えますか? よろしければ「7つの問い」へのあなたご自身のお考えをお聞かせ下さい。今後の展開に活用させていただきます。問い合わせフォームもしくは、メールでお送りください。

お問い合わせフォーム(幸せ経済社会研究所)

i_mail.png