100人それぞれの「答え」

写真:片桐 一彦さん

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福祉法人海士町社会福祉協議会 事務局長

片桐 一彦(かたぎり かずひこ)さん

すべての層の人たちが「お金を稼ぐ」というのではなくて、高齢者には高齢者がすべき働き方というか、経済のかかわり方がある

Q. 経済成長とはどういうものでしょうか

自分の専門分野ではないので、福祉の感覚でいう経済成長になってしまうかもしれません。

今、高齢化社会において、日本では年金生活をされている方が非常に多くなっている。その中で、経済を考えた時、年金というお金の動きとても大きくなってくると思っています。そのお金が有効に、潤滑に回る経済の仕組みが、今後必要になってくるんじゃないかなと思います。

たとえば、高齢者の方が「年金や貯蓄をどのように設計して、どのように使っていくか」ということを、ちゃんと考える教育システムがあまりないんですよ。だから、ため込んだまま亡くなられる人もいたり、お金だけではなくて、土地など、いろいろな財産が無駄な形で放置されていたり。そこが潤滑に動くことが、日本は経済成長を支えるんじゃないかなと思います。

Q. 福祉の現場にいらっしゃると、実際にいろいろと、「潤滑に動いていないな」という例があるのですね。

そうですね。たとえば、非常に我慢強い一人暮らしのお年寄りの方がいて、冬場も暖房もつけずに、毛布1枚かぶって寝ておられる。見かねたヘルパーが、「自分のところに使っていない暖房器具があるから、それを持っていってもいいか」と管理者として聞かれた時に、非常に悩んだことがありました。

でも、その方が亡くなった後、ふたを開けてみると、何千万という貯金を持っていたんです。その結果、相続のトラブルが起きる。このような例はきっと色々な地域で起こっているだと思う。だから、そのお金をもっとどのように運用したらいいかを考えなければいけない時代だと強く思いますね。

Q. そういう教育は確かにないですね。子どもに対する消費者教育や貯金の教育などはあるけど。高齢になったときに、どうやって賢くお金を使うかという教育はないですね。

お金をため込むのにも理由はあるんです。頼る子どもがいないとか、いても子どもに迷惑をかけたくないから、何かあったら自分はお金しか頼れるものがないとか。もともと倹約思考の方も多いですし。福祉の方でも生活困窮者の相談は受けても、貯蓄がある方の家計支援というところまでは踏み込めなくて。相談を受ければ、残さず使って死んでくださいって言うんですけどね。

今、国のほうでは、贈与について孫の教育費に充てる場合は非課税にする、など動いているけど、あくまでも自己判断で強制力も無い。そもそも対象になる人が制度の理解ができているのかも不明で、どこかの機関が責任もって、高齢者のお金をちゃんと回す仕組みを作らないといけないと思いますね。ただ単にお金を使うってもらうということだけではなく、守る意味でも。特殊詐欺のような悪徳商売がビッグマネーとして狙っているのも現実ですし。

Q. 経済成長の話に戻りますが、経済成長が必要か、可能か、ということはどうですか。

経済の成長は必要だと思います。ただ、いわゆる80年代、90年代のバブルのころのような経済が必要か、可能か、というと違うと思いますけど。

外貨獲得という経済成長は、高齢化社会先進地の日本ですから、今後いろいろな福祉サービスなどが海外市場に売れるだろうと思います。中国や韓国などの高齢化を思うと、福祉市場として経済成長するのかもしれません。

ただ、僕は今後必要な経済成長は、高齢者の持っている財源や資源が、うまく地域の中で回るということだと思います。

Q. 最初に「経済成長は必要です」とおっしゃいましたが、その理由と、いつまで、どこまで必要だと思われているかを教えていただけるでしょうか

経済成長といっても、急激な右肩上がりが必要かというと、そうではないと思っています。

人口が減少していく日本は、あと25年たつと、人口ピラミッドがいびつな形から、何となくスッとした形になる。そのときに、その人口規模の経済というものにパラダイムシフトしていかないといけないと思う。

段階としては、今までの急激な経済成長から、これから20年ぐらいは高齢社会まっただ中、さらに先の30年後以降は違うフェーズになる、その準備を今からしていかなくてはいけないでしょう。

現在の高齢者は高度経済成長時代を作り、結果的にお金などの財を持っている高齢者と持っていない高齢者の格差社会を生んでしまった。この高齢者たちの財布の紐はきつく閉じられているんですね。今からの20年はこの高齢者格差社会を何とかしなきゃいけない時代だと思います。

今の高齢者は高度経済成長やオイルショックや、バブル崩壊などを経験した世代だから、ため込むんです。ため込むから、回らない。お金を持っている高齢者も持っていない高齢者もお金を使わないから、総貧困となるんです。お金がうまいこと地域の中で回って、お金を使っても安心できる仕組みをつくっていけば、高齢者もどんどんお金を使うと思います。

そういう時代も20年も過ぎれば、もう1つ先のフェーズとなります。この変化は凄く大きくて、非常にいろいろなものが見えやすくなる時代かもしれないけど、そこに行く手前のところで、ちゃんとしておかないと。

Q. 今のお話には、新しい視点がありました。今後20年ぐらい、高齢者がたくさんいて、今みんなが「大変だ」と言っている時代向けの対応もしないといけないし、同時に、その人たちがいなくなって、人口ピラミッドが変わったときのあり方に対する準備も、同時にしておかないといけないということですね。人口ピラミッドがもう少し戻って、人口自体は減っているという、30年後以降の時代になったとき、どんな社会とか、どんな経済だったらよいのでしょうね?

世代的に段階を踏めるような気がします。人口形態がいびつな形ではないので。ある程度、「この層は働く」、「この層は教育する」というように、すみ分けができるんじゃないかなと思います。

そのときに、すべての層の人たちが、「お金を稼ぐ」というのではなくて、高齢者には高齢者がすべき働き方というか、経済のかかわり方がある。子どもは子どもで、ある。すみ分けながら、「お金」ではなく「財産」を世代間の隔たりなく、トータルで考えることができるんだと思います。

第二次世界大戦の影響で、団塊の世代の人たちが生まれて、その世代の人たちが動くにつれて、いろいろなものが動いていったと思うんです。その人たちが働いている時は、当然経済成長が起きる。いま、高齢層になっているので、高齢化の問題が出てきている。

今後、団塊の世代が進んだ時代のように、外貨はそんなに多く日本に入ってこないでしょう。日本の中にある財産をある特定の世代や人、地域が溜めこむのではなく、潤滑に運用する経済に僕たちは成長するべきです。

そのためには、人口が減少していく中で、地域拠点の考え方をどうするのかが大切だと思います。どの拠点、どの地域も同じような人口ピラミッドが形成できる拠点づくりを今後してかなくてはいけない。厚労省や総務省、国交省などで目指す拠点の規模が違うじゃないですか。日本の未来の地域拠点がどのような規模であるべきか、その拠点で経済が回る規模で考えるべきだと思います。

僕は今、人口2,300人程度の海士町という離島に住んでいます。軽トラックがバンバン走り、高級外車など見たことはない。でも生活困窮者は、いないわけではないけど、都会地に比べて圧倒的に少ないですね。

Q. 経済成長が生み出す犠牲やマイナスがあるとしたら、どんなことでしょうか

福祉の世界では、平成27年の4月に生活困窮者自立支援法が施行されて、生活保護にならないように、その手前のところで生活困窮者の自立を促して、その人たちの働き口を支援しましょう、という動きになっている。特に若年層の生活困窮が目立っています。なぜ、経済成長を目指す日本は生活困窮者を生み出してしまったのかって考えてみたんです。

経済を成長させるために、企業や会社勤めしている人たちが経営不振になると、リストラして人員を整理する。結果的に職を失った人が生活困窮者となり福祉の支援を受けているんです。でも第一次産業では、天候などの理由で生産が不振になり収入が減っても、それまでの経験などから、減ったなりに生活を送り生活困窮者にはなりにくいです。強いですよね。じゃあ企業リストラなどで生活困窮者になった人に転職先として第一産業を勧めても、これがなかなか難しい。

今までの日本の経済成長は企業の力によるものが大きかったと思います。とわいえ、企業だけが経済を成長させるファクターと捉えていると、経済を伸ばせば伸ばすほど、稼ぐ人たちが増えていくけど、稼げない人たちの差が出てきて、生活困難者を増やしてしまう構図を作ってしまっていると思います。

今、日本を再発見するということをいろいろな所でやっていて個人的に思うのは、子どもたちが育っていく時に、手仕事などの世界を見てもらいたいということです。

これまでの日本の美しいところは、精巧なネジ作るのに毎日、365日40年間、毎回同じ作業をやり続ける職人さんたちがいたといこと。それで、日本は多分評価されてきた。今の高齢の人たちがやってきたと思うんです。

跡継ぎがいない等が原因で、そのネジを作っている人たちがいなくなっている。他方、パソコンで何かを売ったり、海外でトレードしたり、という人たちが、ITだ何だで、高級外車を乗りまわしている。

じゃあ、子どもたちはどこの世界に行きますかというと、答えは歴然としている。そうではなく、全ての世界が経済成長していかないと貧困の格差は増え続けてしまうんじゃないかなと思うんです。

Q. 「経済成長」と「持続可能で幸せな社会」の関係はどうなっていると考えますか

いろいろな世界があって、いろいろな社会があって、いろいろな働き方があって、いろいろな金の回り方がある。

平等に、と言うと語弊があるし、平等になる必要はないですが、もう少しいろいろな選択肢があって、いろいろな幸せな部分が出てくることが必要だと思います。

人口規模の小さい海士町では、子どもが少ない分、保育園から高校生まで、一環した福祉教育ができるんです。都会地でもサマー・ボランティアスクールみたいなことをしていると思うんだけど、プログラムに対して子どもの数が多すぎて、ボランティアに興味がある子たちだけが参加するプログラムになってしまうんです。

でも、ボランティアに興味があろうがなかろうが、海士では全ての子供たちに一定の教育ができる。全員が福祉の人間になって欲しいということでは無くて、僕は福祉の仕事をしている者として、福祉観を持った人間に育って欲しいんです。

これからの未来は何があるか分からない。1つのことだけ専門的に教育することも確かに必要ですけど、そうじゃなくて、色々なひと、くらし、しごとを子どもたちに学んでもらいたいし、そういう教育を大人たちは作っていく必要があると思います。

「昔に戻ってください」というのは無理だと思います。時代も違うし、教育も違うし、環境も違う。でも、新たな時代がそういう時代であってほしい。いろいろな世界がわかって、いろいろなことができる人間がお金をうまく使っていくと、幸せな社会になると思います。


インタビューを終えて

Iターンで海士町の住民となり、長年福祉の分野で頑張っていらっしゃる片桐さん。福祉の現場にいらっしゃるだけに、「今後必要な経済成長は、高齢者の持っている財源や資源が、うまく地域の中で回るということ」という、私にとっては初めて出会う考え方になるほどなあと思いました。しかしそのための、高齢者が「年金や貯蓄をどのように設計して、どのように使っていくか」ということを、ちゃんと考える教育システムがあまりない、というご指摘も。

「すべての層の人たちが「お金を稼ぐ」というのではなくて、高齢者には高齢者がすべき働き方というか、経済のかかわり方がある」「なぜ、経済成長を目指す日本は生活困窮者を生み出してしまったのか」「これからの未来は何があるか分からない。色々なひと、くらし、しごとを子どもたちに学んでもらいたいし、そういう教育を大人たちは作っていく必要がある」――そうでなければ得られない視点をいただき、片桐さんにインタビューさせてもらってよかった!と思いました。ありがとうございました。

取材日:2015年4月11日


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