足立区地域のちから推進部 地域の絆を結び、孤立を防ぐ
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※JFS ニュースレター No.129 (2013年5月号)より転載※
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/032840.html
東京都の北東部に位置する足立区は、人口約67万人と東京23区のうち4番目に人口が多い区です。大学の進出やつくばエクスプレス、日暮里・舎人ライナーなど交通網が整備され、工場跡地のマンション建設が進むにつれ、区への転入者が増え、日本の中では珍しく人口が増えつつある地域です。
この足立区で、地域のちからの向上を図ろうと具体的な活動に取り組んでいる、足立区役所の「地域のちから推進部」とその取り組みについてご紹介しましょう。
足立区「地域のちから推進部」創設のきっかけ
足立区では2010年夏、死亡後約30年たった高齢者(戸籍上では111歳)が白骨遺体で見つかるという、ショッキングな出来事がありました。他の地域にも似たような事例や状況が見つかり、全国的な高齢者所在不明問題の発端となった出来事でした。
足立区ではこの社会問題を重く受けとめました。区には436の町会・自治会があり、すべての地域をカバーしています。大多数の町会・自治会は、25の地区町会・自治会連合会に属しており、区内に17ヶ所ある区役所の出先機関である区民事務所が、町会・自治会の支援活動を行っています。
このように町会・自治会の組織として他の地域に比べて整っているにも関わらず、町会・自治会の区民加入率は以前の70%に対して最近では57%と、下降傾向が続いています。加入はしていても「忙しいから」などの理由で、実際に地域活動に参加する割合はさらに低いものとなっています。加えて単身世帯が増加傾向にあり、ますます地域の人たち同士の交流が少なくなっていたのです。
そこで「地域のコミュニティが衰退し、つながりが希薄化している。つながりを結び直す必要がある」という問題意識から、地域における人と人とのつながりを強めようと「地域のちから推進部」が2011年度に創設されたのです。翌2012年度には、部の中に「絆づくり担当課」が設置され、孤立者に寄り添う活動を進めています。
2011年3月11日に起きた東日本大震災は、日本中に絆の大切さを再認識させるものでした。何かあったときの助けを「自助、共助、公助」と考えたとき、今回の震災でも明らかになったように、災害時に「公助」がすぐに差し伸べられるとは限りません。そうしたとき、「自助」「共助」を普段からどれだけつくっておけるかが大事になってきます。
特に「共助」につながる地域の絆や地域のちからを強めておきたい、高齢者でも孤立しがちな人々でも安心して暮らせる町にしたい、という強い思いが「地域のちから推進部」や「絆づくり担当課」の背景にあります。
地域のちから推進部の取り組み
地域のちから推進部は「暮らしやすいまち、住み続けたいまち」の実現をめざしています。具体的な取り組みとして1)町会・自治会の加入促進活動、2)あだち皆援隊事業、3)孤立ゼロプロジェクト推進事業などを進めています。
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町会・自治会への加入促進のために、区では加入・参加を呼びかけるチラシを作って配布するといった活動だけでなく「地域のちからの向上に向けた区民の意識調査及び関係団体等に関する調査」を行い「人とのつながり方」「地域活動やボランティアへの意識」「普段の過ごし方」などをもとに区民をいくつかのタイプに分類し、それぞれのグループに向けた個別のアプローチを工夫しています。
区民のうち、人づきあいも地域とのつきあいも多い「積極的貢献タイプ」は約18%であるのに対し、人づきあいは多いが地域とのつきあいは少ない「目的縁タイプ」(サークルや趣味で人とつながっている)も約18%。この人たちは有力な地域人材となり得るので、区内に13ある地域学習センターでサロンやサークル活動をしている人たちに、自分のための学習で終わるのではなく、地域へ還元してもらうための働き掛けを行っています。また、一人暮らしで人づきあいはあまりないが地域活動やボランティア活動に多少関心のある「潜在的貢献タイプ」(約13%)には、イベントや講演会など地域デビューのきっかけを作る、といった具合です。
さらに町会・自治会への加入を確かなものにしようと、区役所に転入届を出したときに町会・自治会のチラシを渡して加入を勧めるだけではなく、とてもユニークな作戦もはじめました。2013年3月、区は区内の不動産業者や宅建協会と協定を結んだのです。足立区に転入してくる人の多くが不動産業者に行きますから、そこで町会・自治会への加入を勧めてもらうのです! このようにさまざまな工夫を重ね、もともと地域にある町会・自治会という、地域のちからをはぐくみ発揮するネットワークへの加入・参加を促しています。
もう一つの取り組みである「あだち皆援隊」事業は、自分の地域での課題を解決できる新しい担い手を育成する事業です。地域には「何かやりたいがやり方がわからない」という人々がたくさんいます。こういった人たちを対象に活動を行っているNPOやボランティア団体とともに、1年かけて足立区の課題を知り、それぞれの地域に戻って活動してもらおう、という育成講座を行っているのです。現在、約220人の講座参加者のうち、50代から60代の区民48人が活動を始めています。
高齢者を孤立させない 孤立ゼロプロジェクト
足立区の孤立ゼロプロジェクトの最初の対象は、高齢者です。高齢者の孤立を防ぐため、区が持っている高齢者に関する個人情報を町会・自治会に提供し、地域による見守り活動ができるようにする条例を、2012年12月に制定したことが大きな特徴です。70歳以上の単身者および75歳以上の高齢者のみ世帯のうち、介護保険サービスを使っていない約35,000世帯の住所・氏名・年齢などの情報を、町会や自治会に提供するというものです。
条例では、日常生活において世帯以外の人と会話する頻度が1週間に1回未満、または日常の困りごとの相談相手がいない状態を「孤立」と定義しています。町会や自治会は民生委員と連携して個別訪問し、孤立状態にあるかどうか調査します。
調査の結果、孤立状態にあると判断され、本人から拒否の申し出がない人に対し「絆のあんしん協力員」(あらかじめ区が委託した支援センターに登録した団体及び個人)が定期的に訪問します。調査を拒否した世帯にも定期的に地域の催し物などを案内する手紙を投かんし、つねに気にかけているというメッセージを送るようにしています。
現在、高齢者を見守る地域のボランティアが500人いらっしゃり、当面はその方たちを中心に「絆のあんしん協力員」の登録をしていただきます。「絆のあんしん協力員」は買い物やラジオ体操の帰りに立ち寄って話をすることで、体調や悩み事などの相談を受け、必要に応じて区や関係機関に連絡します。ほかにも地域の催し物を紹介して社会参加を促します。足立区は単なる見守りから一歩踏み込んで、社会的孤立を減らす寄り添い支援活動を進めています。
町会などに高齢者の個人情報を提供することを可能にする条例を、先行して制定したのは同じ東京都の中野区ですが、中野区では本人同意を取った上で提供しているのに対し、足立区では本人の同意はなくても町会や自治会に提供できるようにしています。個人の意思に配慮しすぎた結果、本人を孤立させてしまったり、近隣で孤独死の発見が遅れてしまったりすることを防ぐ、より積極的な見守りを実施するためです。もちろん名簿を閲覧できる人を限定して漏えいを防ぐなど、個人情報の保護にも徹底して配慮しています。
絆をさらに太くするために
2013年1月から436地区のうち36のモデル地区で、介護サービスを受けていない70歳以上の人を対象に、高齢者孤立ゼロプロジェクトがスタートしました。プロジェクト開始に先立ち、2012年4月から「住区de団らん」事業を開始し、住区センターの悠々館(老人館の愛称)で、月2回程度午後5時から7時まで団らんの時間と夕食の場を提供しています(通常は午前9時から午後5時まで開館)。
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この「住区de団らん」事業は、簡単なゲーム・カラオケでの合唱・体操などで交流を楽しみながら、参加した高齢者の人たちが一緒に夕食をとります。気軽に参加できるように、プログラムの内容に様々な工夫を凝らしています。足立区では今後、高齢者の孤立ゼロプロジェクトの拡大とともに、母子家庭や障害者、ひきこもりを孤立させない活動も視野に入れています。
足立区では上述の取り組みだけではなく「ビューティフル・ウィンドウズ」(割れ窓理論を活用し、美しいまちは安全なまちにつながる、という取り組み)や「こころといのちの支援担当」や地域のゲートキーパーたちによる自殺を減らす取り組みなどを進めた結果、かつては刑法犯認知件数が1万件を超え、23区内でもワーストナンバーワンだったのが、2012年は9,000件台に減って3位へ、そして今年は4位へ。また自殺者も減少するなど状況は好転しつつあります。
こういった複合的な取り組みは、区役所内の部門を超え、また区役所を超えて外部のさまざまな組織・団体と連携しないとできません。地域の人にとっては区役所の担当の区分は関係ないからです。こうした考えで、区の取り組みは横串を刺してまとめて行うように、区役所内での連携をはかりながら進めています。この柔軟な進め方も、縦割りで効率や効果が低減しがちな日本の行政にとって、とてもよいお手本です。
足立区のさまざまな地域と区民の絆を強化し、すべての人々が安心して暮らせる地域にするための活動にこれからも注目!です。
(枝廣淳子、瀧上紀子)