2012.06.26
エネルギー政策を考える土台としてのGDP成長率の見通しにチャレンジ!
ジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)ニュースレター No.117 (2013年5月号)
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/031998.html
2月号でお伝えしたように、東電福島第一原発事故を受け、今夏までにエネルギー基本計画を作り直すための議論が続いています。私はエネルギーミックスの選択肢を作るために総合資源エネルギー調査会に設定された「基本問題委員会」の委員を務めています。
原発事故が見直しの契機となっていることもあり、基本問題委員会でも「原発比率をどうするのか?」「原発を減らす分、何で発電するのか?」と電源構成に議論が集中しています。
しかし、それではパイの大きさもわからないのに「パイの切り分け方を考えなさい」と言われているようだ......と思います。そこで、「どうやって必要なエネルギーを供給するかを考えるまえに、どれだけのエネルギーが必要なのかを考える必要がある」と繰り返し発言してきました。
3月上旬に事務局から出された「進め方」には、「経済成長率については、内閣府試算を元に、(1)2010年代の実質成長率を1.8%、2020年代を1.2%とするシナリオ(成長戦略シナリオ)、(2)2010年代の実質成長率を1.1%、2020年代を0.8%とするシナリオ(慎重シナリオ)を設定する」とありました。
これに対し、私は「経済成長率の将来見通しについては、事務局が委員会に諮ることなしに想定し、その先の供給内訳だけを委員が議論するのではなく、委員会に専門的知見を有する有識者を招聘し、議論してから設定すべきです。そうしないと、たとえば、実際以上に高い経済成長率を見込むと、将来存在しないエネルギー/電力需要を見込むこととなり、国内の事業者の投資判断を誤らせるなどの大きな弊害がでてしまいます」と発言しました。
そして、「"規模"ではなく、"豊かさ・幸せ"こそがめざすもの~エネルギー需要を見積もる根拠を「GDP」から「一人当たりGDP」へ」という資料を示し、以下のように考えを述べました。
~~~~~~~~~~~~引用ここから~~~~~~~~~~~~~
これまでのエネルギー基本計画は、まず経済成長率を想定し、その結果としての経済規模から必要なエネルギー/電力需要を計算し、それをどのように供給するかを考えるやり方で作られています。「白紙からの見直し」ですから、ここから見直すべきでしょう。
GDPの大きさは、労働生産性と労働者数を掛け合わせたもので決まります。グローバル化の進んだ世界では、先進国の労働生産性はそれほどの違いはありません。一方、日本では急速に高齢化が進み、日本の労働力人口は2000年から2030年には1300万人(19.2%)も減少する予測されています。これからの日本は、人口減少による労働人口の減少速度が世界で最大になるため、GDP成長率は他の先進国を下回り、経済規模は縮小していくという現実を直視した議論が必要です。
「だったら労働力を増やせばよい」という意見がありますが、人口減少に伴う労働力減少を相殺するほどの増加は難しいでしょう。「経済は縮小していく」ものとして、それがマイナスではなく、より豊かな社会や幸せな人生につなげる方法を考えるほうが現実的ではないでしょうか?
大事なのは経済の規模(GDP)なのでしょうか? 日本のGDPを100としたとき、ドイツは60、フランスは47、英国は41、スウェーデンは8、フィンランドは4ですが、これらの国は「国力が小さい国」でしょうか?
私たちが経済的に豊かな生活を送れるかどうかは、経済全体の規模ではなく、一人当たりの国民所得水準にかかっています。そこで、今後は、GDP成長率ではなく、「一人当たりGDP」の成長率を想定して、エネルギー/電力需要を見通すことを提案します。
2000年~2010年のGDP成長率は、年率0.74%でした。同期間の 一人当たりGDPの成長率は、年率0.65%%でした。今後の一人当たりGDP成長率をこの10年間のペースで想定すれば、2010年~2020年のGDP成長率は年率0.3%、2020年~2030年のGDP成長率は年率0.0%となります。
現在のエネルギー基本計画の経済成長率の想定だと、2030年の実質GDPは2010年の1.4倍になります。絶対量がこれだけ増えると、コストやCO2などの悪影響の増大は避けられず、望ましい選択肢を考えること自体、かなり難しくなるでしょう。
一方、「一人当たりGDPの成長率をこの10年並みとする」想定では、2030年の2030年の実質GDPの規模は2010年比3.7%増ですから、必要なエネルギー/電力も3%ほどの増加ですみ、望ましい選択肢を考えやすくなります。
参考資料:
http://www.es-inc.jp/news/20120309edahiro.pdf
~~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~
あとで、「国の委員会で"ゼロ成長率"を提示したのはあなたが最初なのではないかな。ほかの人にはなかなか言えないですからね」と言われました。
私だけではなく、経済の専門家でもある別の委員も、「2010年代には1.1%ずつ生産年齢人口が減っていくので、1.8%の成長率が今から10年間続く前提では、一人あたりの成長率は毎年1.8+1.1で2.9%が前提となるが、過去一人当たりの成長率が3%近いというのは、バブル期の90年前後しかない。それを前提に議論してよいのか。生産年齢人口が毎年1%ぐらいずつ減っていくということを考えると、経済成長はゼロ近傍の成長率に近づくだろう。そう考えると、内閣府の慎重シナリオは最大シナリオであり、真の意味での"慎重シナリオ"を置くのなら、ゼロ近傍の成長を置いてもいいのではないか」と発言され、風向きが変わりました。
3月27日の委員会事務局から出された「発電電力量の推計について」資料には、
「これまでの委員会において、今後の成長率について、政府の『成長戦略シナリオ』「慎重シナリオ』をお示ししてきたが、『1.3%程度の成長率を目指す」といった意見や、『過去の一人当たりGDP成長率を維持する』といった考えがあった。
ついては、発電電力量を見通すに当たっての成長率として、以下の3ケースを設定し、それぞれに基づき試算を行った。
(1)成長戦略ケース:2010年代の実質成長率1.8%、2020年代を1.2%
(2)慎重ケース:2010年代の実質成長率1.1%、2020年代を0.8%
(3)委員提案ケース(一人当たりGDP成長率維持):2010年代の実質成長率を0.3%、2020年代を0%)」
として、委員提案ケースとして盛り込まれることになりました。
「経済成長率が低いと、年金などほかの政策との整合性がとれなくなる(からそういう提案は困る)」等の意見も寄せられましたが、「パイが大きくなるから大丈夫」という想定で年金制度など他の政策を考えているのだとしたら、それ自体を考え直す必要があるでしょう。
経済成長については、人口や生産年齢人口の減少などの数字から可能なこと・不可能なことをしっかり見極め、「必要だから必要なんだ(年金のため、雇用のため、日本経済のため......)」と思考停止に陥ることなく、「本当にこれぐらいの経済成長率になるとしたら、そのとき、どうやって年金や雇用や日本経済をしっかり保っていくのか」を考えることが大事でしょう。
「元来、経済の役割は富の生産であり、政治の役割は富の分配だ」と読んだことがあります。分配となると揉めることが多く、政治家としてはだれかに嫌われるリスクを避けたい。だから「全体のパイが大きくなれば、みんなの取り分が増えます。だから分配は考えなくても大丈夫です」と、これまでの政治は「分配」にはタッチせず、経済と一緒になって「いかにパイを大きくするか」を進めてきたのが現状でしょう。
本当にパイがどんどん大きくなっていく右肩上がりの時代は、それでも問題が表面化しませんでしたが、地球の限界からいっても、人口動態などの状況からいっても、右肩上がりの成長が前提とならなくなる時代には、「分配」の問題に向き合わざるをえません。そうしない限り、広がる一方の格差の問題など、今の日本社会の抱える不安の根っこに対応することはできません。
2030年のエネルギーを考える前提としての経済成長率の想定に、政府が掲げている「成長戦略が実現した場合の高いケース」、それよりは低めの「慎重ケース」のほかに、「真の慎重ケース」としてゼロ成長のケースが入ったことは、今回のエネルギーの議論にとどまらず、大きな一歩ではないかと思っています。
基本問題委員会ではエネルギーミックスの選択肢をしぼりつつあります。最終的に国民に問う選択肢が提示されたら、ジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)では国際世論調査を行いたいと思っていますので、ぜひお考えをお聞かせ下さい。