2013.06.06
ブータンの「オグロヅルを守る取り組み」
ジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)ニュースレター No.128 (2013年4月号)
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/032787.html
日本では、ブータンのフォブジカという渓谷にある村は、この谷にやってくるオグロヅルを守るために、電線を引かず、電気のない暮らしをしている、と紹介されることがよくあります。「やはり電気が欲しいですか? それともツルのほうが大事ですか?」という質問に、村人が「電気はあればいいけど、なくてもいい。でもツルはそういうものじゃない。くると幸せな気分になれるから。子供のころからずっと見てきた鳥だから」と答えた、というエピソードがブータンを紹介する本にも載っています。
その後、「太陽光を使った照明器具が導入された」「後に、電線が地下に敷設されている」などの情報を聞いていました。2013年1月にブータン王国の国王陛下の勅令により設立された、「新しい発展パラダイム」を打ち出すための国際専門家作業グループにメンバーの一人として参加した私は、会議のまえにフォブジカを訪れる機会を得、そこでツルを守り、地元の人々もツルもともに持続可能に共存できるようにと取り組んでいるNGO・ブータン王立自然保護協会(RSPN)の方からお話をうかがうことができました。その活動をぜひアジアからの情報発信として世界にも伝えたいという依頼に応えて、記事を書いて下さったので、ご紹介します。
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ブータン王国のワンデュ・ポタン県にあるフォブジカ谷は、海抜2,900メートルを超える場所にある美しい渓谷です。この渓谷はガンテとフォブジという二つの行政区に分かれています。
ブータン国民も外国人観光客も、フォブジカ谷が、世界的に絶滅の危機に瀕しているオグロヅル(学名Grus nigricollis、国際自然保護連合のレッドリストで絶滅危惧II類に掲載されている)の冬季生息地であり、また文化的・宗教的に重要な場所であることを知っています。ジグメ・シンゲ・ワンチュク国立公園の周辺部に位置している谷でもあります。
ブータンでの環境保全の支援に打ち込んできた非営利・非政府組織であるブータン王立自然保護協会(RSPN)は、1987年の創立以来、フォブジカ谷のオグロヅルの保護に重要な役割を果たしてきました。
RSPNは30人のスタッフを擁し、ティンプーに本部が、フォブジカ、シェムガン、およびタシガン県のワムロンの各地に現地事務所があります。RSPNの使命は、教育、研究、持続可能な生計の手段を通じて、この国の環境保護に対するブータン人ひとりひとりの自覚をうながし、活動への積極的な参加を促進することです。
2010年から2015年にかけてのRSPNの戦略的計画では、次の事柄を掲げています。1)持続可能な生計という手法を通じた環境保護への貢献。2)保護における教育、提言、市民参加を通じた環境意識の向上。3)環境保護、持続可能な開発、新たに発生する課題、教育を支えていくためのRSPNの研究戦略を展開。4)環境保護、持続可能な開発、研究と教育を支える制度面および組織面でのRSPNの能力を強化。
フォブジカでの環境保護に関する構想を実践に移すRSPNの最初の一歩は、オグロヅルの数を数え、モニタリングするプロジェクトでした。1999年、RSPNは保護活動への地域社会の参加と支持を促したいと、保護・持続可能性プログラムを開始しました。このプログラムの目指す理想の姿は、フォブジカが「人々が経済的に繁栄しており、かつ自然と調和のとれた暮らしをしている」地域になることです。同プログラムでは、環境保全を損なうことなく経済的なメリットを大きくする戦略を通じて、この理想の実現を目指しています。
このプログラムの一環として、2003年から2004年にかけてRSPNが導入したプロジェクトの一つは、代替エネルギーに注力するものでした。めざしていたのは、負の環境影響を軽減するための様々な代替エネルギー源や技術の重要性と実用性について、地元の理解を促すことです。
当時、ブータン政府ではフォブジカに電気を引く計画がなかったため、このプロジェクトではフォブジカ谷に太陽光パネルを配布・設置することに力を注ぎました。地元の人々の多くは、「環境保全の点で優先されるものを守るために、この谷に電気が導入されずにきた」と考えていましたが、本当のところは「この地域に電気を引くことは経済的に無理だ」という側面が大きかったのです。
同プロジェクトでは、フォブジカの198世帯と22の機関(寺院や修道院だけでなく、政府機関や地域の組織も含む)に支援を提供しました。
RSPN代替エネルギープロジェクトは、利子7パーセントの4年間の分割払いをベースに、太陽光による照明装置を地域に配布するというものでした。太陽光照明装置を無償で提供しないと決めたのは、無償で得られる便益に依存するのではなく、「費用を負担することによって便益を自分が得ることの意味」を地元の人々に理解してほしいと考えたからです。
支払われる利子は、フォブジカ保護基金へとまわされ、将来的に地域の小規模プロジェクト支援に使われることになります。この基金は現地の環境管理委員会によって運営されています。委員会のメンバーは、地元の自治体や地域社会、女性の代表のほか、政府組織や寺院関係の団体の代表です。この委員会は、地元の利害を調整し、またその利害を代表する上で重要な役割を果たしているのです。
しかし、エネルギー省は2006年に「フォブジカ電化」の提案に着手し、オーストリア政府に提出しました。オーストリア政府は、電線地中化プロジェクトへの資金提供によるフォブジカの環境保全の支援に関心を示しました。
この電化計画の一部は、ブータン電力公社(BPC)によって実施されました。RSPNは場所の選定や環境アセスメントに関わり、オグロヅルの重要な生息地のうち、電線を地中化すべき場所を特定しました。
オグロヅルの存在を守り、フォブジカの社会経済的開発を進めていくために、「このプロジェクトは安全に、信頼できる形で、景観にも配慮して実施される」ことを確実にするための覚書がBPCとRSPNの間で取り交わされました。2009年には、BPCがこの地でのプロジェクトを実施して完了させる責任を担い、一方RSPNは、プロジェクトのモニタリングを行い、絶滅危惧種の生息地を保護するため、このプロジェクトが最も環境に配慮したやり方で行われていることを確認する責任を負うことになったのです。
また、保全活動から人々が便益を得られるようにしつつ、環境面でも問題のない観光を促すため、RSPNはフォブジカで「地域に根差した持続可能な観光」(Community-Based Sustainable Tourism: CBST)を促進してきました。
この数年間、RSPNは、オグロヅルインフォメーションセンターや自然遊歩道など、エコツーリズムの基本的な施設の設置を支援してきました。また、地元と一緒に、現地ガイド、文化プログラム、キャンプ場、地元のお土産品など、地元の旅行関連商品や観光サービスの開発にも取り組んできました。1998年から始まった「オグロヅル祭り」は、CBSTプログラムの重要な一部分となっています。
近年では、RSPNは、公益社団法人日本環境教育フォーラム(JEEF)とのパートナーシップと、独立行政法人国際協力機構(JICA)の資金援助を得て、CBSTプロジェクトを進めています。プロジェクトの一環として、地元ガイドの育成や、土産物づくり、地元の食べ物や慣習に触れることのできる民泊プログラムを企画しています。
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いろいろとお話をうかがいながら、インフォメーションセンターに設置された望遠鏡で、谷でゆうゆうと過ごすツルの姿を見ることもできました。その後、農家に民泊をさせてもらい、地元の食べ物とお酒をいただき、満天の星を見上げ、すてきな時間を過ごすことができました。まさにCBSTを体験させていただき、この谷のツルと人々がこれからも持続可能に共存できること、RSPNが地元との対話を大事にしながら行っている活動がますます実を結ぶことを心から願い、応援しています。
(枝廣淳子、ツェリン・チョキ RSPN)