レジリエンスとは
レジリエンス(resilience)とは、外的な衝撃にも、ぽきっと折れることなく、立ち直ることのできる「しなやかな強さ」のことです。
「レ ジリエンス」とは、もともとは「反発性」「弾力性」を示す物理の用語でした。ここから、「外からの力が加わっても、また元の姿に戻れる力」という意味で使 われるようになったのです。「復元力」「弾力性」「再起性」などと訳されますが、エダヒロは「しなやかな強さ」と訳します。
この言葉が、さまざまな分野で使われるようになったのは、それほど古いことではありません。「レジリエンス」の概念は、生態系の分野と心理学の分野でそれぞれ発展 してきました。今ではそれらが重ね合うような広がりをもって、教育、子育て、防災、地域づくり、温暖化対策など、さまざまな分野で使われるようになっており、数多くの「レジリエンス向上」のための取り組みが展開されています。
ここでは、『レジリエンスとは何か~何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる』(東洋経済新報社)から、レジリエンスへの取り組みを進めるさまざまな分野をご紹介しましょう。
レジリエンスが求められる時代
しばらく前から、世界でも「レジリエンス」に関する国際会議が次々と開催され、さまざまな書籍が出版され、多くの研究者がレジリエンスに取り組むようになってきました。なぜなのでしょうか?
それは、世界がますます不安定になり、かつ不確実性が高まってきているためです。
世界中で異常気象が頻発し、熱波や干ばつなどの天候不順もあり、各地で農作物の不作が報告されています。ハリケーンや台風が強大化しており、世界各地に大きな被害を与えています。降雨パターンの変化によって、洪水やそれに伴う土砂崩れ・山崩れも頻発しています。
また、世界中の多くの国や地域が債務危機に直面しています。リーマン・ショックのもたらした金融危機は、世界中に大きな打撃を与えましたが、その根本的な原因に対しては手が打たれておらず、いつ何時、同様の金融危機・経済危機が再発してもおかしくないと考えられます。
加えて、日本は、高齢化が著しく進む人口減少社会に突入しました。雇用の不安定化や、格差の拡大、地域の絆の消滅など、外的な衝撃を受けとめ、耐える土台そのものが弱まりつつあることが心配されています。
このような不確実で不安定な世界に生きていく上で、個人にとっても組織や地域、社会にとっても、「レジリエンス」の考え方を理解し、取り組んでいくことが大変重要です。
生態系のレジリエンス
自然界(生態系)はつねに、さまざまな変動にさらされています。地震や洪水、山火事が起こるかもしれません。異常な 高温や低温、大雨や干ばつ、病害虫の蔓延、人間による伐採や汚染などの影響も受けます。そういった攪乱に耐え、機能特性を失わずに回復する生態系の能力が 「レジリエンス」です。
たとえば、同じ海水の高温化という外的衝撃に対して、白化現象を起こしたが回復したサンゴ礁と、回復できずに衰退し姿を消してしまったサンゴ礁の違いを「レジリエンス」の違いとして説明することができます。
何らかの理由で生態系の潜在的な回復力が損なわれていると、外的な衝撃から立ち直れず、回復力そのものを失ってしまうという「衰退ループ」に入り、それまでとは全く異なる生態系に変わってしまうこともあります(レジーム・シフトと呼ばれます)。
人のこころ
心 理学の分野でも「レジリエンス」という概念が注目されています。トラウマ体験やストレス状況など、ネガティブなできごとが起こったときに、立ち直れる人も いれば、心が折れてしまう人もいます。その違いを生み出すもの、つまり「何かあっても立ち直れる力」が 「レジリエンス」です。
心理的なレジリエンスの研究は、世界では40年ほど前から、日本では10年ほど前かに始まりました。心理面でのレジリエンスに関する定義はいろいろありますが、共通するところは「ストレスのある状況や逆境でも、うまく適応し、精神的健康を維持し、回復へと導くもの」です。「導くもの」としては、「心理的な特性」「能力」「プロセス」など、いろいろな側面が考えられています。
ス トレスを避けることが不可能である現代社会において、ストレス状況に正面から向き合い、対処し、乗り越えていくことが成長や成功の鍵となります。本人自身 の特性や問題解決能力などだけではなく、何かあったときに支えてくれる人がいるか(ソーシャル・サポート)などの「環境要因」も重要です。
教育
心理学の分野などで、レジリエンスを創り出す要素やレジリエンスを高めるために何が必要かがわかってきたことから、教育の分野でその知見を活かし、子どもたちや青少年の健全な発達につなげようという動きがいくつかの国で進められています。
子どもたちや青少年が、何かつらいことがあった時に、心が折れてうつ状態に陥ってしまうのではなく、しなやかに立ち直り、その経験を糧に成長できるとしたら、本人にとっても社会にとっても幸せなことです。
教 育分野にレジリエンスを正面から位置づけ、しっかりと取り組んでいる"レジリエンス教育先進国"の1つがオーストラリアなどでは、レジリエンスを身につけ るためのトレーニングを中学校や高校学校の教育過程に取り込むことで、生徒たちが幸せで生産的な学校生活を送れるようにしようという取り組みを進めていま す。カナダなどでは、保育士など子どもに接する専門職や親を対象に、幼児期の子どもたちのレジリエンスを高める働きかけを支援する教育プログラムが展開さ れています。
子育て
8 才までの子どものレジリエンス向上に取り組むカナダの団体では、レジリエンスに関連する7つの重要な能力として、「自分の感情を自分で管理する力」「自分 の衝動をコントロールする力」「問題の原因を分析する力」「他の人への共感力」「自分の能力を信じる力」「現実的な楽観主義を維持する力」「他の人や機会 に手を差し出す力」を挙げ、それらを高めるトレーニングを行っています。
子育てや教育分野 でのレジリエンス向上の取り組みの第一人者である米国ペンシルバニア大学のセリグマン博士らのプログラムでは、「認知行動学的スキル:何かうまくいかない ことが起こったときにそれをどのようにとらえるか」「社会スキル:問題解決スキルや対人関係のスキルなど」の2つを、子どものレジリエンスを創り出し、支 えるものとして位置づけています。とりわけレジリエンスの中核に位置する重要なものが「自己肯定感・自尊感情」です。
温暖化
近年、温暖化の影響ではないかと考えられる「異常気象」が各地で頻発しています。「異常気象」とは「30年に一度ぐらいしか起こらない異常な気象」というのが気象庁の定義ですが、最近では特に気温や降雨に関して、「毎年、異常気象」のような状態です。
温 暖化の大部分を決定づけるのは「これまでに出した二酸化炭素の量」であるため、たとえ今日、二酸化炭素の排出が停止したとしても、温暖化の大部分は、何世 紀にもわたって続いてしまいます。つまり、温暖化の進行を何とか食い止め、未来世代を温暖化の被害で苦しめずにすむように、一刻も早くCO2などの温室効 果ガスの排出を大きく減らしていく必要があると同時に、当面進行してしまう温暖化の影響に対する備えをしなくてはならないのです。たとえば、農業で作付け時期や品種を調整する、海面上昇のリスクのある地域では居住地を移転する、洪水の頻発の恐れがある地域では堤防や土手を築くなど、先手を打っておく必要があるのです。
国際機関では主に途上国向けにそういった取り組みを進めてきましたが、今後は先進国にも被害や影響が出てくるため、EUや米国などでも取り組みを始めています。特に進んだ取り組みをしているのが英国です。
災害
1924 年の関東大震災以降、日本で100人以上の死者が出た地震は15回起こっており、9年に一度発生している計算になります。 国土交通省は「日本の人口の73.7%が、洪水、土砂災害、地震、液状化、津波のいずれかで大きな被害を受ける危険のある地域に住んでいる」との推計を発 表していますが、それほど多くの人々が災害の被害を受ける可能性があるということなのです。
自然災害以外にも、テロなど、私たちの社会が備えておくべき脅威(ハザード)があります。鳥インフルエンザなどの新型インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)などの勃発的な感染症の広がりも同様です。
災害やハザードに対するレジリエンスとは、たとえ被災しても、個人や家庭、企業や組織、地域などが折れてしまうことなく、被災前の状態に戻れる力を指します。
日本でも「国土強靱化計画」 が立ち上がりつつありますが、災害へのレジリエンス先進国である米国では、インシデント・コマンド・システムやタイムラインなど、どのような災害が起きて も、省庁や地域、セクターを超えて一丸となって効果的に対処するための仕組みづくりが効果を上げています。また、頻繁に強烈なハリケーンに襲われるキュー バでも、死者をほとんど出すことなく、被災後もあっという間に復興する力を国を挙げて高めています。
自治体や都市
これまでになかった温暖化の深刻な影響をはじめとするさまざまなリスクやハザードの台頭に対して、人々の暮らしを守る最前線にある自治体は、新しい考え方や取り組みを進めていく必要があります。
破滅的なハリケーンの被害を受けた米国のニュー・オーリンズ市や、もともと海抜よりも低い土地にあるため、海面上昇などの温暖化の影響への対策が急がれるオランダのロッテルダム市など、先進的な取り組みを進める都市が増えてきました。
世界では、まだレジリエンスの必要性に気づいていない自治体への呼びかけや、気づいたもののどのように進めたら良いかわからない自治体への支援提供のためのネットワークも生まれています。
地域づくり
地 域のレジリエンスが問われる「外部からの衝撃やかく乱」は、災害だけではありません。化石燃料である石油が徐々に(枯渇してなくなるまえに、 価格高騰によって)使えなくなる事態も、「安価な石油」をベースに築いてきた経済や社会にとっては、大きな衝撃やかく乱要因となります。また、リーマン・ ショックのような金融危機や経済危機がまた起こる可能性もあります。
このような「石油が使えない時代がくる」「金融危機や経済危機の影響を受ける」といったことに対するレジリエンスは、「体質改善」のイメージでしょうか。通常の暮らしや経済・社会の体質自体を、よりレジリエンスの高いものに変えていく、という意味です。
安価な石油の時代が終わり、相互依存度の高いグローバル経済が不安定になるとしたら、地域は自衛のための体質改善として、「石油依存度を下げる」「地域経済の自立度を高める」ことが必要になってくるでしょう。「代替の交換手段を持つ(地域通貨))」ことも役に立つ場面が出てくるかもしれません。
世界500ヶ所以上で取り組まれているトランジション・タウンなどの先進的な取り組みから学べることがたくさんありそうです。
暮らし
私たちひとり一人が、不安定で不確実な世界や社会の情勢に対する"備え"としてのレジリエンスを高め、「折れない人生・折れない暮らし」を創っていくために は、土台としての「心理的なレジリエンス」と、大震災やテロといった「非常事態に対するレジリエンス」、そして、悪化していく温暖化や、食料やエネル ギー、雇用やお金などが手に入りにくくなっていくなどの「徐々に悪化していく状況に対するレジリエンス」の3つの側面で考えることが大事だと考えていま す。それぞれ取り組みを進めることができます。
大きな鍵を握っているのは、「わが家と地域の"自給力"を高め、"貨幣依存度"を下げていく」ことです。そのために活用できる新しい考え方や取り組み事例も出現しつつあります。
参考図書
『レジリエンスとは何かー何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる』
レジリエンスの入門書である本書では、もともと生態系と心理学の分野で発展してきたレジリエンスの考え方や、そこから教育、防災や地域づくり、温暖化対策など、さまざまな分野で広がる取り組みをみていき、人生と暮らしのレジリエンスを高めるための考え方を紹介。
『レジリエンスとは何か
ー何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる』
枝廣淳子(著)
東洋経済新報社
2015年3月出版