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タイのエコロジー思想家 スラック・シワラック 聞き手 枝廣淳子 Interview03

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私たちは、そろそろ西洋文明から
離れて良い時かもしれない。

枝廣:
私たちは、間違った考えを持ち続けていて、正しい考えとは、自然から学び、自然と共存するということでしょうか?
スラック:
それは次の段階でしょうね。最初の段階として、私たちは、己を知るべきです。実は誰も自分のことを知りません。
私たちは、いかにして普通になるか、自然になるかについて学ぶべきです。普通であり、自然であることは、自分たちをより非暴力的にすることにつながります。
ですから、仏教では、ブッダが、修行のための五戒を定めました。「不殺生戒(ふせっしょうかい)―生き物を殺してはいけない」「不偸盗戒(ふちゅうとうかい)―他人のものを盗んではいけない」「不邪淫戒(ふじゃいんかい)―性的な非行」「不妄語戒(ふもうごかい)―嘘をついてはいけない」そして「不飲酒戒(ふおんじゅかい)―麻薬や飲酒をせず、安らぎを感じる」です。最後の「不飲酒戒」では、麻薬や酒だけでなく、苦悩をもたらすものを摂取しないということで、イデオロギーでも、仏教を含む宗教でも、安らぎを感じなければそれに当てはまります。「仏教が最も優れていて、唯一の道である」という考えも、まったく間違っていると思います。安らぎを感じ、より非暴力的になることを学びさえすればいいのです。
枝廣:
先ほど、西洋の近代文明が、間違った考えを始めたとお話されました。西洋の近代文明が始まる前、西洋の人々は正しい考えを持っていたのでしょうか?
スラック:
ええ、西洋には、実に多くの文化や文明がありますが、主流になれなかったものはすべて消滅しました。キリスト教では、愛、誠実さ、非暴力が教えられます。キリスト自身、民衆のために命を失い、アッシジの聖フランチェスコのように、裕福な家を捨てて、清貧な生き方を選んだ人もいます。
しかし西洋の主流は「私たちが真実を知っている」、つまり教会が真実を知っているということです。そして今では教会がなくなり、神も死んでしまいました。教会の代わりになったのが科学者で、まるで神学者のように振舞っています。
枝廣:
(笑)
スラック:
「私たち科学者がすべての答えを知っています。西洋医療だけが正しくて、そのほかのものは間違っています」という考え方ですね。ただ喜ばしいことに、現在、西洋では、若者たちも主流の西洋文明に異議を申し立てています。
枝廣:
とても興味深いですね。
スラック:
私たちは西洋に従い過ぎるときがあります。そろそろ離れてもいい頃です。何か代替となるものが必要でしょう。正しい考えへと速やかに戻らなければなりません。利己的ではなく、寛大になり、貪欲を寛大に変え、増悪を慈愛に変え、妄想を叡智と理解に変えるのです。

「自分に価値が無い」と恐れる若者を助ける方法

枝廣:
西洋の世界では、同じパターンが繰り返されています。その一つが「恐れ」です。科学者や宗教や民主主義などにおいて、恐れこそが鍵を握っています。そうしたパターンを生み出す原動力とは何でしょうか? あるいは、これらの同じパターンの構造や原因は何でしょうか?
スラック:
恐れを作り出すことができれば、人々をコントロールすることができます。キリスト教の教会は、人々に罪責複合(後ろめたさ)を植え付けました。「生まれながらに罪深い存在である」ということです。教会はあなたを救うことも殺すこともできます。まったく馬鹿げていますが、人々はそれにとらわれてしまいました。そして今は、科学者が教会に取って替わっています。身体や心を患っているときは、医者や精神科医に診てもらわなければなりません。彼らは何でも知っていると思われていますが、それは真実ではありません。
枝廣:
この繰り返されるパターンでは、最初に誰かが恐れを作り出し、その恐れが依存を生み出しています。ですから、教会に依存したり、医療などに依存したりしなければなりません。そして、例えば、消費主義社会では、他人と比べるために恐れが作り出されます。これが消費を促すわけですね?
スラック:
まったくその通りです。
枝廣:
人々は恐れが原因の消費中毒にかかっています。では、どのようにして、こうした局面から抜け出すことができるのでしょうか? スラックさんは、誰もが「よい種」を持っているとおっしゃいましたが、日本やほかの国を見ると、自分のことを信じている人はほとんどいません。多くの人たちが、「自分に価値がない」と感じています。どうやってこれを変えることができるでしょうか?
スラック:
意識を取り戻さなければ、変化は起こりません。私たちの意識は、教育システムや主流の文化やマスメディアによって調整されてきました。だから、今の人々はコンピューターやテレビなどに夢中なのです。日本のような社会の若者は特に、絶望的になり、仕事が見つからないかもしれないと不安になり、脆弱な状態になることを恐れて、多くの人たちが自殺をします。
彼らを助けるには、外国へ送り、別の場所の若者と自分たちを比べさせればよいのです。外国へ行って、自分たちよりもはるかに恵まれていない人たちと会い、彼らから学ぶことで、変化が起きると思います。
同じように、森や川へ行って、木や川、鳥やハチから学ぶのです。それによって、私たちの知見はより広く、より深くなります。私たち自身は物質世界を超えた、超越的な存在になります。実に素晴らしいですね。日本の神道には元来これが備わっていますし、仏教にもあります。
私たちは、人々が苦しんでいることを学ぶことで、友達になれるのではないでしょうか。日本での福島第一原発事故でさえ、危機は変化のチャンスでもあることを人々に教えています。しかし、従来どおりのやり方を望むならば、何も改善されません。
枝廣:
ええ。
スラック:
日本は、叡智を持っているはずです。チェルノブイリを起こしたロシアやボパール事故のあったインドとは違うことをしたらいいのです。そうなれば素晴らしいですね。
ボパールのユニオン・カーバイド化学工場事故の記念碑

ボパールのユニオン・カーバイド化学工場事故の記念碑

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チェルノブイリ石棺。炉心を中心に設計されている。

チェルノブイリ石棺。炉心を中心に設計されている。

「男性」と「女性」は平等で、互いに補うべき存在

枝廣:
いわゆる東洋と西洋の違いの一つは、相互のつながりの感じ方だと思います。日本人や東洋人にとって、自然の一部であるという感覚は当然のことです。私たちは宇宙の一部なのです。ですから、独立しているわけではありません。
スラック:
その通りですね。
枝廣:
私たちは互いに依存しています。つながり合っているのです。しかし西洋文明では、そうした考え方をしません。「スチュワードシップ(管理)」という、「人間はほかの生きものや地球の世話をするように神に任命された」という考え方はあります。ですから、神が一番上にいて、次に人間、ほかの生きものというように階層があるのです。
しかし、日本人にとって、そうした階層的な状況は馴染みがなく、人間はほかの生きものや木々と平等です。しかし私たちは、こうしたつながりの感覚を失ってしまいました。
スラック:
その通りですね。西洋でも聖フランチェスコのような、神秘主義者で、ほかと関わりを持つ人たちはいますが、それは主流ではないと思います。私たちのそもそもの教えや文化は、互いにつながっていましたが、歪められてしまったのです。日本の仏教でさえも、とても階層的です。
枝廣:
(笑)
スラック:
階層的というよりは、男性優越主義ですね。それは変えなければならないと思います。男性と女性は平等で、お互いに補い合わなければなりません。男性の方が優れている場合、女性の方が優れている場合があります。率直に言うと、女性の方が優れているとしたら、男性よりもかなり優れているでしょうね。なぜなら女性には、陰陽があるからです。女性は慈悲と知識を持っています。知識は真実を示すことがあります。慈悲は常に素晴らしいことです。男性でも、女性の慈悲から学び、女性のようになれるでしょう。実に素晴らしいですね。女性を称賛し、女性から学ばなければなりません。
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