日本が現在直面している諸問題の根源
- 枝廣:
- 先生がお考えになる現代社会の問題の原因は何にあると思われますか?
- 田口:
- 現在、国や地域、企業や個人はさまざまな問題に直面しています。問題の根源は、近代西洋思想の行き詰まりだと考えています。20世紀は日本も含め世界が近代西欧思想の恩恵にあずかった時代です。しかし、「陽極まれば陰となる」の教えの通り、ある時点からその弊害が目立つようになってきました。
- 弊害を生み出す近代西洋思想の特徴は、機械論的人間観や経済合理性の偏重などです。経済合理性のおかげで生産力が向上し、富の創出につながるのは良いことですが、今のように、医療や教育などを含めすべてに効率至上主義的な経済合理性を当てはめるのは大問題です。21世紀には新たな枠組みが必要です。
- 先述したようなすばらしい文化的基盤を持っているにも関わらず、日本は戦後、江戸時代まで大事にされていた人格教養教育をおろそかにしてきたのでした。江戸時代、日本の子どもたちはわずか3歳ぐらいから四書五経の素読を始め、さまざまな年齢の子どもたちが各自のペースで学ぶ寺子屋で学びました。
- 立派な人間、つまりしっかりした規範を持った人間を育てるのが目的です。人生や社会にとって有用でない限り、学問だけを修めても意味がないと考えられていました。こういった江戸時代の人格教養教育は、たとえば、新渡戸稲造の『武士道』を読んでいただければ、理解していただけるでしょう。
- 幕末から大正初期に活躍した実業家・渋澤栄一氏は数百の会社を興し、日本資本主義の父といわれています。彼の父親は普通の農民でしたが、四書五経をすべて修めており、食卓では子どもたちと「論語」をめぐっての会話が弾んでいたそうです。このように、家庭を基盤に規範形成の共通項が共有され、日本を安定させていたのです。
写真左:新渡戸稲造、写真右:渋澤栄一
「超えてはならない一線」を社会が共有する
- 田口:
- 日本語の「正しい」という漢字は、「一」に「止」と書きます。ある一線で「これを超えてはならない」と止まることです。社会が「超えてはならない一線」を共有してこそ、安心して生きられます。しかし、これがなく各自がそれぞれに「自分勝手な一線」を判断基準にしようとすると、果ては「人を殺して何が悪い」という人が出てくるなど、混乱し、社会も企業などの組織も十分に機能ができなくなってきます。現在の日本はまさにこういった無規範社会になりつつあります。人間として大切なことを教えなくなってしまったからです。
- 枝廣:
- 日本が無規範社会になりつつあるのは何故でしょう。
- 田口:
- 大きな原因は、明治維新後、列強に痛めつけられた中国の悲惨な状況を見て、産業革命を早く実現しなくてはと技術導入を必死に進めたことにあります。そのために教育も、技術・知識を重視するものとなり、その後もずっと人格や教養を重視する教育に戻っていないのです。
- 技術知識教育で一流の技術者を育てることはできますが、一流の人間は育てられません。本当の意味で立派な人間になるための教育を取り戻す必要があります。経済の不況はいくらでも取り戻せますが、精神の退廃は回復するのに何十年もかかります。すぐにやらなくてはなりません。
東洋と西洋の知の融合をめざして
- 枝廣:
- 東洋と西洋の間に生きる現代の日本において、何を目指せばよいのでしょう。
- 田口:
- 江戸時代後期に活躍した日本を代表する思想家の一人、佐久間象山は「東洋道徳、西洋芸術」と、東洋・西洋それぞれの強みを指摘しています。「真理は自分の内にある」と考える東洋では、「人間とは何か」といった原理原則を求め、自分の内にある真理へと向かっていきます。最も根本にあり、時代や社会が変わっても揺らぐことのない原理原則を追求し、大事にするのが東洋の強みですが、一方で応用性に欠けるきらいがあります。
- 西洋では「真理は外にある」として、外にある真理に向かって突き進みます。刀折れ倒れたならば、そこから次の人が引き継いで進んでいくことができます。普遍化に秀でており、具体的に物事を動かしていく技術(art)に長けているのが西洋の強みといえるでしょう。
- 両者の強みを持ち合い、新たな枠組みを共創していかなくてはなりません。日本も戦後、"西洋化"する中で、「短期的な、目に見えるもの・測れるもの」のみを重視し、その背後にあるさまざまなつながりや長い時間軸を考えないようになってきました。東洋思想の特徴でもある「曖昧・割り切れないこと」を認められなくなり、何に対しても唯一の絶対解があるかのような融通のない考え方になってきました。
- 私たち日本人は、私たちが失いつつある日本と東洋の文化的基盤を取り戻しつつ、東洋と西洋の知の融合を通じて、世界の新しい枠組みを共創していかなくてはなりません。それが21世紀の日本に生きる私たちの役割だと信じています。
写真:佐久間象山
田口 佳史(たぐちよしふみ)
昭和十七年生まれ。老荘思想研究者。
一般社団法人「日本家庭教育協会」理事長。
一般社団法人「東洋と西洋の知の融合研究所」理事長。
「杉並師範館」前理事長。
株式会社イメージプラン代表取締役社長。
大学卒業後、日本映画社に入社。映画『東京オリンピック』チーフ監督参加。25歳の時、タイのバンコク郊外で瀕死の重傷を負い、奇跡的に生還。その後、中国古典思想に出会い、経営指導に転身し、昭和47年、株式会社イメージプラン設立。以来30数年間で2,000社以上に企業変革指導を行う。また、中国古典を基盤としたリーダー指導によって多くの経営者と政治家を育てた。企業、官公庁、地方自治体、教育機関など全国各地で講演講義を続け、1万名を越える社会人教育の実績がある。
主な著書に『タオ・マネジメント』『清く美しい流れ』『東洋からの経営発想』等。