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鎌倉投信株式会社 取締役資産運用部長 新井和宏 聞き手 枝廣淳子 Interview12

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お金で預かって幸せで返す

枝廣:
投資先や運用方法を本やウェブで公開されておられますが、他社は追随しない。そのようなビジネスモデルはどのようにつくられたのですか。
新井:
そもそも、なぜ運用会社が投資先などを公開しないのか。投資のプロというのは、「手の内を見せずに結果を出す」ということにこだわっています。公開してしまうと自らの存在意義そのものがなくなる可能性があるから、公開しないのです。
僕は病気になったのでプロとしての抵抗感がなかった。業界を去るつもりだったから、自分の技量などはどうでもよかったんです。むしろ、「いい会社を応援する仕組みをつくる」ことを優先したかった。そのためには、いい会社である投資先を知ってもらわなければいけない。
僕にとっては、「いい会社に投資する」ことは投資上の制約条件です。いい会社にはずっと投資しつづけるという制約がある中で最大限のパフォーマンスを出すなんて、普通の人は発想しない。でも僕は割り切ったんです。だからできた。でも、ほかのプロの運用者は割り切れないと思います。
もうひとつ、人はお金をどんなに増やしても幸せにならないということに気付いたんです。僕は外資系企業で働いていて年収がどんどん増えた。でも、幸せにならないんですよ。周りの人たちもみんな幸せそうじゃないんです。お金が増えてもキリがないんです。
投資信託というのは「お金で預かってお金をお返しする」商品です。でも、私たちは「お金で預かって幸せで返す」と決めたんです。
幸せになるための三要件を考えました。1つは、お金は増えなければいけない。もう1つは、でもお金は社会の役に立って、投資先の会社が社会を豊かにしてくれなければいけない。最後の1つは、それによってお客様の心が豊かにならなければいけない。この3つの要件が揃えば、お客様は幸せになれるだろうと考えたわけです。
こんなことを言える人は世の中になかなかいないでしょう。ここが多分、鎌倉投信が特異な運用会社である源泉になっているものではないかと思います。
枝廣:
自分のお金をいいことのために使ってもらえたら幸せだ、と思う人は世の中にたくさんいますよね。
新井:
たくさんいらっしゃってびっくりします。鎌倉投信はホームページ以外、宣伝広告費を一切計上したことがないんですよ。それにもかかわらず、運用して7年ですが1万6千人の方々に240億円ほどを預けていただいています。日本って素晴らしい国だと思います。
残念なことではあるのですが、僕らにとっての転換点は3.11だったと思います。「自分たち」だけではなく、みな一緒になって生きていかなければいけないんだと国民が気づいた。お客様もその時期あたりから増えてきました。

自然でシンプルなものは残るけれど、
複雑で不自然なものはすべて淘汰される

枝廣:
鎌倉投信には、自分の会社にも投資してほしいといったお話が殺到しているのでは?
新井:
はい。自分たちが始めた当初に比べて、マイクロファイナンスやクラウドファンディングなど色々な資金調達方法やソーシャルベンチャーの新たな形が出てきています。金融のありようが変わってきている中で、自分たちの立ち位置をいつも見つめ直し、本当に必要とされる金融なのかということを問い続けているつもりです。そうしない限り、時代の変化に対応できない金融機関になってしまいます。
では、自分たちはどういう立ち位置か。私たちは起業したばかりの会社を応援する役目ではないだろうと考えています。ソーシャルベンチャーを育成しようとするファンドや事業体にそこはお任せして、私たち自身は、社会的企業(ソーシャル・ベンチャー)が、「ベンチャーキャピタルによって急成長を求められる」ということにならなくていいように、「いい会社がいい会社のまま成長できる」、そのための「上場の代わりになるようなもの」を提供していくべきであろうと思っています。
枝廣:
なるほど、「いい会社がいい会社のまま成長できる」ようにするって、本当に大切ですね。同時に、そういう考えに共感して投資家も増えていますよね。鎌倉投信の成功事例を見て、同じような事業に参入する企業は出てきているのでしょうか。
新井:
投資信託で同じような商品が入ってくるかというと、次元がまだ一世代違っているかなと思います。具体的に言うと、今SRIからESG(Environment、Social、Governance:環境、社会、ガバナンス)へという流れがあって、僕らがやっているのはCSV(共通価値の創造・Creating Shared Value)投資であり、インパクト投資を併せ持ったものになっています。僕らはこれをサステナブル投資と言っていますが、まだ時代がそこまでついてきていないと思っています。
 
ただ、クラウドファンディングといった形ではインパクト投資に近いものがたくさん用意されてきていますし、東京証券取引所の中でも「社会的企業には特別に制度を設けなければいけない」という議論もされてきている。ですから、少しずつ変わりつつあるのかなと思っています。
自分たちが大きくなって社会全体を変えようというつもりはまったくなくて、私自身は「こういうものがあってもいいんじゃない?」という提案をしているつもりです。だから、大きくなることが美徳だとは思っていない。きっかけをつくるだけです。
恐らく、これからもたくさんいろんな取り組みが増えてきて、また少し淘汰されて、そうして社会はよりよいほうへ流れていくんじゃないか。それが自然ではないかなと思います。
私たちは自然なものと不自然なものを明確に分けています。自然なものしか残らないと考えているんです。自然でシンプルなものは残るけれど、複雑で不自然なものはすべて淘汰される。自分の仕事の中でも、いつもそう思っています。ですから事業もシンプルでなければいけないし、いろいろなことをやっている会社は投資先にはならない。複雑な事業はメッセージも届きにくいですから。

リスクを小さくして日々稼ぐ

枝廣:
受益者は財産の形成を期待していて、それに加えて、いい会社に投資をしてくれているはずだという想いがある。新井さんたちがちゃんと投資先の会社を回ってよい社会の形成と財産の形成をつないでくれている、ということへの大きな信頼がありますよね。その責任からくるプレッシャーは大きいと思いますが、どうマネジメントされていますか。
新井:
資産形成といったときに私たちがまずお客様に言うのは、5%の期待リターンなんですね。これには根拠があって、実は日本の企業は、「失われた20年」と言われるその期間にも5%程度は成長しているんです。ですから、長期的には5%のリターンは可能だと考えています。
ただ、皆それがわかっているのになぜできないかというと、そもそも企業はそれだけ成長するのだから、株式市場でリスクを取るのであればそれ以上のリターンがあるべきと思っているからです。ですから10%、20%と言い始めるんです。
それに対して、市場の期待は操作できませんから、あくまでも企業が稼ぐ分だけきちんとリターンが出るように運用すればいい、と僕は考えています。
実は、投資先は変えず、取引は毎日行っています。株価が上がれば売り、下がれば買います。いま1社当たり3億円の投資をしているのですが、株価が下がって2億9千万になったとします。そうしたら買い足して3億にするんです。株価が上がって3億1千万になったら、1千万分を売る。それをずっとやっているんです。そうすると短期的に負けにくい。つまり市場が大きく動いていたとしても、リスクを小さくして日々稼いでいるので、結果はおのずとついてくる。
でも、普通の運用会社はそれをしたくないんですね。なぜかと言うと、自分が選んでいる銘柄だからもっと上がるだろうと思う。だから、ちょっと上がっただけでは売るわけがない。逆に下がったら、損切りだ、全部売ってしまえ、となるので、リスクが大きくなるんです。
日本のお客様はリスク商品に慣れていないんですよ。そもそも日本の多くの金融商品が、元本保証が基本になっているから、怖いんです。怖がっている人がそんなことをやったら大変なことになってしまう。
でも、運用会社はそうせざるを得ない。その理由は、高い報酬をとりたいからです。私たちは最初から「高い報酬はいらない」と言っています。ですから、低いリスクで、相対的には低いリターンだけれども、報酬も業界標準より低くていいから成り立つんです。
もう1つは、社会というテーマでやっていることです。たとえば、私たちが儲けだけを考える投資をやれば、当然ながら期待リターンも高くなるでしょう。それをやらないわけですから、大きいリターンは得られないと心の中で思っている。リターンでは1位は取れない。ただ、その分リスクは小さくできるから、それで勝負をしていこうと考えています。
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