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鎌倉投信株式会社 取締役資産運用部長 新井和宏 聞き手 枝廣淳子 Interview12

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とがっているところをもっととがらせるための数字

枝廣:
鎌倉投信では、投資の果実 =「資産形成」×「社会形成」×「こころの形成」だとされていますよね。資産形成は数値化できますが、一方、社会の形成とこころの形成はどうやって見える化するのでしょうか?
新井:
まず、お客様の幸せは測りようがないので、「幸せですか」と私たちが問い続けることです。聞くだけです。お客様に聞けばわかりますから。
社会形成は、私たちが数値化したり、何かを測って標準化するというのは、個性をなくす危険性があると思っています。いい会社というのは、個性が際立っていなければいけない。とがっていなければいけない。だから、とがっている所をもっととがらせる行為をする。
先ほど言ったエフピコさんで、取引先の障碍者雇用支援をやっている人たちに対し、社内の左脳系の人が「自社の数字にならない」と言い始めるんです。それを納得させるためには数字で対抗するしかない。数字で左脳系の相手を抑え込むために、大学の先生にお願いする。リサーチ費用は鎌倉投信が出しています。投資先企業に「出してくれ」なんて言うつもりはありません。なぜなら、鎌倉投信が必要だからです。それは企業に言わなければいけないし、お客様にも伝えなければなりません。役に立っているのかどうかを理解し、かつその会社を自分が支えているんだと思っていただけるようにならないといけません。右脳と左脳の両方をバランスよく使うことが必要だと思っています。
枝廣:
環境活動を始めてからずっと思っているんですが、私たちがやらないといけないのは「今の土俵で戦いつつ、土俵を変えていくこと」ですよね。今の土俵で戦うには数字が必要ですけど、違う数字にシフトしていくことで土俵を変えられることもできていくのでしょうね。
新井:
社会性など、数字で全部が測れるわけがない。ですが、数字があることで相手を説得できるのであれば、モノは使いようです。口説けるなら利用する。それぐらいの位置づけです。数字で何でも測れると思ったときに、お金だとか、成長だとか、効率だとかいう話が前面に出てくる。数字で測れないもののほうがよほど大事だとわかっていれば、愚かな選択をしないで済むはずです。
写真:新井和宏
枝廣:
アルゴリズムとかプログラムでやろうと思うと数値しか使えないから、きっと数字ありきになってしまうんですね。
新井:
僕は金融マンとして、15年くらいずっと数値化でやってきたんです。その限界を知りました。人って、もっとすばらしいものである。数字で全部できたら、皆さん、仕事はいらなくなるでしょう?
枝廣:
同じように金融界でずっとやってきた人たちも、その限界に気づいてもよさそうなものだけれど......。
新井:
人に自己否定はできません。この業界で数値化を否定したら、結局、自分の存在を否定することになりますから。僕は、病気で一度終わったかもしれない人生なので、言うことができる。まだ生かされているということは、社会の役に立て、ということなんだろうと思っています。

「お金」と「働く」-関係性を考える教育を

枝廣:
そのうち新井さんたちのありかたが本流になっていくといいと思うし、そういう日が来ると思うんですけど、それまでの時代は、前にいらしたような職場で仕事をやっている人たちが扱うお金と影響が大きいですよね。そのような中で、どこから変えたらいいのでしょう。
新井:
僕が今注力しているのは、子どものお金の教育です。2017年5月に高校生向けに「お金」と「働く」というテーマで本を出す予定です。そもそも、年収は1千万円ないと幸せになれないとか、勉強を必死にやらないと駄目になるとか、子どもたちは勝手に大人がつくっている像で教育されています。でも、実際にはそんなことはない。幸せというのはお金の中に存在するわけじゃないのに、小さいころからお金だと洗脳されているんです。それを解放しなくてはいけない。子どもたちに、「そもそもお金は目的にならないから、あなたたちはまず幸せになることから考えようよ」という本です。
枝廣:
私は教えている大学で、最初の授業で「経済成長って何だろう」という話をみなで考えてディスカッションするんですけど、ほぼ何の疑いもなく「経済成長するとお金が増えて幸せになる」と言う学生が多い。すごい刷り込みですね。経済成長率と、貧困や人々の幸福度は相関していないというグラフを見せたらショックを受ける。「だから、自分の幸せは自分で考えなきゃね」という授業をやっています。
新井:
結局、「お金」と「働く」って、密接に関係しているんです。にもかかわらず、そもそも何のために働くのかということを考えもしない。大学入学前に考えなければいけないんです。そもそも、人ってなぜ生きるんだろうと。幸せになるために生きるんでしょう、と。幸せになるためにいろいろな手段があって、その1つとしてお金が存在する。手段の1つでしかなくて、お金が全部ではないんです。それに早く気づいたほうが人生幸せになる。
日本ほど幸せになれる国はないです。前提条件が揃っています。1つは何かと言うと、もう人口は増えないです。これは大きい。ラクです。人口増加に対して問題意識を持たないでいい。これほどハッピーな国はないです。でも、誰もそうは言ってくれないですよね。
枝廣:
すごく不幸だと思っていますよね。
新井:
何て幸せな国だろうと僕は思います。もう1つ、日本の企業文化の中に「三方よし」がすでにある。みんながベースとして三方よしを考える社会が日本にすでに内在する。こういう国はない。歴史が存在し、縄文時代から争わないことが千年以上続いている奇跡的な国で、前提条件が揃っているんだから、最も精神性を重視する社会に移行できるはずです。
マズローの5段階説ではないですが、モノとかサービスは足りている、もういいじゃないかと。精神を満たすものをどんどん増やしていく社会にすればいい。「もったいない」も「おもてなし」も存在する。こんな精神性が強い国はないです。社会課題だらけだからこそ、素晴らしいものをつくり上げることができる最前線の国。日本は世界で最初に次のステージに行けるポテンシャルを持っている。
枝廣:
定常経済という考え方や、経済成長に頼らずに心の豊かさなど本当に大事なものを大切にしようとする社会に少しずつ移行していますし、流れはもっと加速すると思っています。そのときに、先ほどおっしゃった現在の5%程度の成長という点はどうなるのでしょうか? いい会社はもちろん成長するのでしょうけど・・・
新井:
具体的に言ってしまうと、日本は自動車と電機という二大産業で成り立ってきたわけです。残念ながら、その構造は崩れるでしょう。今後どんなにベンチャーが大きくなったとしても、大きな産業が小さくなるスピードのほうが速いので、結果として雇用が減じてしまう。それは事実だけれども、成長する分野は必ずある。それが、私たちが目を付けている社会課題に対応してくれている会社です。これらの会社は「社会に必要とされる」から、成長すると思います。
ただ、構造変化後の次のステージに移ったときには、そこまでの成長はいらないと思う。モノやサービスがそんなにいらないのであれば、お金で測れない、GDPに出てこないような取引量がもっと増えると思います。
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