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ホーム > インタビュー > 高野 翔(5):インタビュー

JICA(国際協力機構)(Schumacher College留学中) 高野翔 聞き手 枝廣淳子 Interview14

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防波堤の役割を果たすGNH
幸せを最上位の目標に

枝廣:
私がブータンで第5代国王とお話しさせてもらった時に、「今ティンプーにさまざまな消費文化が入ってきてこれからどうなっていくのか」という質問をしたら「だからこそGNHが重要なんです」という話でした。何もないところで消費文化が入ってくるよりも、幸せのフレームがあれば少なくとも1回は自分でその影響を考えることができる。そういう意味では防波堤みたいなかたちでGNHは役に立ってきました。ただ、その防波堤を乗り越えるような勢いで外からの力が入ってきているのは事実だと思います。
高野:
国王のお言葉は、まさにその通りだと思います。GNHという開発指針は幸せを守る防波堤の役割に近いと思いますね。
日本や他の世界中の国からブータンの幸せに関して注目するポイントが少しずれているなと思うのは、ブータンは世界一幸せな国で、みんな幸せなんだよね、というあまりにもユートピアなイメージをもたれることが多い。ブータンにもたくさんのいいところがあると同時に、当然解決していくべき問題だってあります。ユートピアが漫然と広がっているというわけではありません。同じ21世紀を生きる国です。
そのような中で、物質的な豊かさを越えて幸せの価値を国として最上位のゴールとして据えたこと。これは世界の文脈でみるとパラダイムシフトともいえる、大きな変化です。ブータンがブータン自身で自分の国は幸せだ!と宣言していることを私は聞いたことはありませんが、幸せという、他の国が目標にしてこれなかった大事なそしてシンプルなものを試行錯誤しながら目指している。それがブータンの現在地であり、そこにこそ私たちがブータンから学ぶべきことがあるんだと思っています。
ブータンの人々の幸せを調査するGNH調査も、97%の人が幸せと明らかにして公表することが大切なのではなく、幸せに至ることができていない人の環境要因はどういう状態なのかということをその9つの領域のものさしから把握することができ、それに対して改善するための政策を打つことができる。また、経年の変化を追っていくことによって環境や文化などの人々の幸せを構成する環境要因の悪化を予防することができる。そのことが私は大事だと思うので、国王がおっしゃっている防波堤という要素は、GNHは十分に果たしていると思います。人々が本来的にもっている幸せというものを、9つの領域の環境要因が守っているというイメージですね。

政府は「幸せ」を与えるのでなく
環境要因をつくり、予防する

枝廣:
ブータン人が幸せでハッピーでしたという話ではなくて、人びとの幸せの「well-being」を最上位に置くということが他にないですよね。その考えはどこからきたのでしょうか?
高野:
歴史を振り返ると、1600年代に「人々の幸せを政府がつくることができないのであれば、政府が存在する意味はない (If the government cannot create happiness for its people, then there is no purpose for government to exist.)」という経典がブータンにはあります。当時はブータン国内で、各地で力をもった有力者同士が戦ったりする国内紛争といった戦国時代でした。食料事情も厳しく、1食を人々に提供できるだけでも幸せを提供できたといえるような時代のHappinessですね。私の感覚では、今の時代の幸せというのは政府が直接提供できるような幸せではなく、マズローの欲求段階説で考えると、生存の欲求を越え、承認や自己実現の欲求の時代です。あくまでも幸せを感じるのは人々の心からであり、政府の役割は、ひとりでも多くの方がその人らしい幸せを感じられるような社会環境をつくっていく、ということなのだと思います。そして、1979年に第4代国王が「ブータンではGDP(国内総生産)よりもGNH(国民総幸福量)が大事だ」という発言をされたのがGNHの直接的な起源となります。
枝廣:
国王はどうしてそう発言されたのでしょう?
高野:
2つ考えられるポイントがあると思っています。1つは、第4代国王は父である先代国王の突然の死で17歳の時国王になられ、国家運営を任されます。その中で、はじめにされたことはブータン中を歩き回り、ご自身の耳で国民の意見を聞いて回られることでした。他国と比べて、経済的に豊かでないことは分かっている。ただブータンには素朴に人々の笑顔や幸せがたくさんあった。我々はそれを大事にしていこう、と国づくりの舵のきりかたを定められたのです。
もう1つの視点はブータンのお金、ニュルタム(Nu)の歴史です。ニュルタムができたのが1974年で、第4代国王が発言されているのも1970年代。国際的な会議などに出ると諸外国ではGDPの話が盛んにされている状況ですが、ブータンでは貨幣制度がはじめて確立した時期だったんですね。
その当時、人々の幸せを政府が目指すということは、ブータンにとって言わなくても当然のことだったらしいんです。なのであまり政策としてもそのことを言及することはなかったのですが、1990年代に前首相がソウルで開催された国際会議でGNHの話をしたら、「なんだそれは」「すばらしい開発思考を持っている」と国際社会からかなり反響があったと聞いています。その後、GNHをより明確に政策として推進していく動きが強くなり、1999年にはGNHを研究する王立の研究所が設立されたり、また、GNHを指標化する流れに至ってきます。
枝廣:
お金が出来たのが1974年。その前はどのように生活していたんですか?
高野:
基本的には物品交換だったといわれています。食べ物、衣服、塩とか調味料の交換ですね。貴金属のコインのようなものもあったようですが貨幣制度としてしっかりとしたものはなかったといわれています。お金の歴史が浅いということと、経済ではインドとの結びつきが強いということになると思います。
ブータンでは五カ年計画という計画が政府の最上位計画になるのですが、第一次の五カ年計画は1961年に制定されています。そこから今では第十二次の計画を作っているところです。そして、第一次の五カ年計画を振り返ってみると、その資金はすべてインドからきています。インドのお金です。一次、二次はすべてインドのお金で、三次から第4代国王がこの計画を主導してつくられることになり、ブータンのお金がはいってきます。全予算の7.8%です。私も聞いたり調べたりしてびっくりしたのですが、それだけお金の歴史は浅くて、また外来のものであり、それ以前はお金がなくてもブータンの生活はまわっていたということですね。そういった時期にブータンは国際社会から「GDPはいくらですか?」と言う議論にさらされたのです。そこで、国王は「幸せのほうが大事です」と放つのです。
枝廣:
それは概念であり、価値観だったんですものね。
高野:
当たり前のことだったんでしょう。
枝廣:
ブータンのGNHがすごいなと思うのは、幸福はあくまで主観的なものなので、政府が与えるというのではなくて、「それぞれが幸せを追求するための環境要因に刻苦奮闘しなければならない」とブータンの憲法9条で定めていることですよね。
高野:
まさに9つの領域、環境要因に対してやれることをやっていこうということですね。
枝廣:
私が聞いたのは少なくとも健康、そして教育が受けられないと幸せは追求できないということで医療も教育も無料なんですよね。
高野:
まさにそうですね。幸せの追求の道筋は各々様々ですが、9つの領域の中で健康と教育はベーシックに必要な環境要因ということで無料にしていますね。
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