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クルミドコーヒー店主、株式会社フェスティナレンテ 代表取締役 影山知明 聞き手 枝廣淳子 Interview16

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受け取ってくれる方が喜んでくれるように
つくり手の存在を感じるものを

影山:
どの部分に850円なりの価値を感じて払っているか、人によって違うと思いますけれども、1つ欠かせない要素ということで思うのは、つくっている人の存在だと思います。
たとえば、トマトジュースのトマトをつくってくださっている榎戸秀晃(えのきど ひであき)さんのトマトに関して言えば、残念ながら、まったく無農薬の肥料ということではないです。ただ、減らすための努力は積み重ねておられます。それと比べれば、場合によっては、無農薬、無肥料で作っているようなトマトジュースもあるかもしれない。でもぼくらがそうではなくて榎戸さんのトマトを選ぶのはなぜかということになると、人の存在というところだろうと思います。

榎戸秀晃(えのきど ひであき)さん

最近、たとえば大手のチェーン店や大衆居酒屋さんでも、産地や作り手が明記されていたり、農薬を使っていない野菜を使っていたりしますよね。そういう哲学は割合、皆さんの活動のかいもあって広まってきていると思います。ただ、そういう哲学みたいなことはあるけれど、毎日居酒屋さんでご飯食べていたらどういう気持ちになるかと言うと、私は満たされない気がしていて、それはなぜかと考えると作り手の存在を感じないからではないかと思うんです。そこには人から受け取りたいという人間の心理があるんだと思います。どんなにいいものであったとしても。
だから、私の場合、娘が作ってくれる卵焼きだったら、別に卵が何だろうと、味がしょっぱかろうが甘かろうが、間違いなくおいしいわけです。そういう作り手が持っているパワー、作り手と受け手の関係が感じさせてくれる味ってあると思います。
そういう意味で、トマトジュースについても、うちのスタッフの今田と生産者の榎戸さんという2人の存在が、飲む方に伝わっているので、「あいつらのためだったら、払ってもいいか」という気持ちになってくれている部分が大きいと思います。

榎戸さんの作ったトマト

枝廣:
それは「テイクではなくてギブから」という、すごく大きなテーマですよね。今の話を聞いていた時、たとえば、私などが取りがちなよくあるパターンは、榎戸さんのトマトを使うときに、地域の小規模・家族経営で、いいやり方でやっている農家を応援したい、応援するためには食べてあげないと、買ってあげないと応援できませんと考える。そういう形でのNGOとか、社会的・文化的な取り組みもあると思います。それもテイクですか?
影山:
そうですね。NGOとしてのミッション達成のために、食べてくれる人を利用するという形だったとすると、それはテイクとなってしまう危険はあると思います。
また、そこに派生して自分の問題意識を加えると、実際僕らもジレンマにさいなまれる局面があります。地産地消で地元産の野菜を使いたいと思うんです。ただ、地元産の野菜の旬はすごく短い。1個所から仕入れようと思うと、ピークが短くなってしまいます。
具体的な例で言うと、冬の時期にブロッコリーを使ったメニューを出していたのですが、ある時期からぐっと味が落ちたということがありました。ここで僕らは選択を迫られて、国分寺産にこだわって、でも味が落ちたものを使い続けるのか、味を大事にしてほかの土地で作られたものでも使うのか、どっちにするかという局面がありました。
結果的に、僕らは後者を取りました。これは多分、いろんな正解があるので、違うご意見をお持ちの方もいらっしゃると思います。僕らが一義的にどこに責任を負っているのかと考えると、僕らの仕事を受け取ってくれるお客さんが喜んでくれるように仕事をすることが大事だと思っています。
喜ばせ方も、理性的に喜ばせるのと感性的に喜ばせるやり方があります。世の中には「地産地消の野菜だから、おいしくなくても、それがうれしいよ」と言ってくれる人もいるとは思います。これは、どちらかと言うと理性的な納得感で、数で言うと少数派だと僕は思います。
そうではなくて、お店に行ったらおいしいものが食べたい。気持ちのいい時間を過ごしたいと思う人が、割合で言うと多いのではないでしょうか。お客さんをちゃんと喜ばせてあげるということに責任を持っているんだとすると、他県産であったとしても、おいしいブロッコリーを使うのが僕らの責任かなと思うことが多いです。
枝廣:
そのときに、お客さんをどれくらい、どういうふうに信じるかというのは難しいところですよね。たとえば、「味がおいしければ」というお客様は、農薬とか遺伝子組み換えとか、それでもいいと思うかもしれない。お客様のためだったらそうするか、という問いにはどういうふうに考えますか?
影山:
そうですね。そこがゼロか1か、ではないというところでもあると思います。たとえば、国分寺産のブロッコリーは使えないにしても、どこのものを使うかということについて選択肢があるわけだし、さらに産地だけではなくて、どういう生産者のものを使うのかということについては、僕らに選択の余地はあるわけです。
その中で、もう1つ、僕らがずっと立ち上がりから自分たちに言い聞かせている1つの哲学が、「子どもたちに出せるような、ちゃんとしたものを出そう」という気持ちがあります。
僕に娘ができた時にお店をつくったという経緯もあるので、自分の娘に食べさせるとしたらどうかということでの判断軸があるわけです。そうすると、薬まみれのものは絶対使わないということに自然と落ち着いてきますね。
枝廣:
そこで1本、大事な理念というか、判断軸があった上での選択ということですね。
影山:
そうですね。まずは「おいしい」とか「楽しい」と感じてもらえる入口があって、「実は、これは地元のブロッコリーです」とか、「実は、これは国産の小麦粉を使っていて」というふうに、次に大事なことをちゃんと伝えていく。そうすると「やっぱり」ということになります。より納得感を高めてもらう努力も惜しんではいけないとは思っています。
枝廣:
そのあたりが、カフェという現場を持っていらっしゃる強みですね。
これも本に書いてありましたが、たとえば文字だけで、それがいかに大事なものか伝えても、それは左脳で、理性的な判断で、それだけで動ける人はすごく少数。だけど、「おいしい」とか「気持ちいい」とか、そこから入ることの大事さ。「カフェっていろいろな役割がある」と、さっきお話をしてくださいましたけど、いろいろなことを伝えたり、体験してもらう、すごく可能性がある場なんでしょうね。
影山:
カフェはそうだなと思っていますし、ちょっと広げて経済ということで言っても、そこの明暗を握っているのは流通業である気がしています。今の世の中の大きなダイナミズムでいうと、流通業がどんどん大資本化している。
そういう意味で、流通が大資本化すると、生産者、ものづくりをしている側からすると、卸せる選択肢は限られてくるわけです。かつ、彼らのbuying powerは相当なものですから、結果的に、こだわっていいものを作るよりも、安くて"そこそこ"のものを作るほうに、作り手側も動機づけられることがあると思います。
ただ、売り手が、流通者がそこを踏ん張って、価値をあきらめずに届けていく。しかも、左脳的な伝達だけではなく右脳的な伝達を含めて流通者が頑張れれば、結果的にそれが生産者を支えるという構図になってくると思います。
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