経済成長を考える

駿河湾のサクラエビ漁

サクラエビは駿河湾が主要な漁場で、由比・蒲原・大井町の三つの漁業組合が漁を行っています。年間数10億円の水揚げを誇る静岡県有数の沿岸漁業です。富士山を背景にピンクのじゅうたんを敷いたように素干しをしているようすをテレビで見たり、ほんのりと桜色の美しいサクラエビを食されることも多いでしょう。

このサクラエビ漁業、実は40年も前から、資源を守るために資源管理型漁業を行ってきたことをご存じでしたか?

サクラエビ漁は、明治27年に2人の漁師がサクラエビを偶然発見して始まりました。サクラエビは、昼間は水深200~300メートルの海中に生息し、闇夜に水深20~30メートルまで浮遊してきます。このため、サクラエビ漁は夜間に行われます。

体長4~5センチの一年生の植物プランクトンであるサクラエビは、5月~10月までが産卵期で、最も産卵の盛んな時期は6月~8月です。1匹のメスが1500~2000粒の卵を産み、1ヶ月ほどで稚エビとなり、10~12ヵ月で親エビとなります。

昔は一年中漁を行っていたようですが、現在は資源保護のため、静岡県漁業調整規則によって、産卵期間である6月11日~9月30日は禁漁期となっています。

さらに、漁業者の自主的な申し合わせで、冬にも休漁期を設け、3月下旬~6月上旬までの春漁と、10月下旬~12月下旬までの秋漁の二漁期です。

1964年~65にかけて、サクラエビの漁獲量が数百トン減少したことがあります。また、当時は製紙会社からの汚水や田子の浦港にたまった大量のヘドロが海を汚していました。資源問題と公害問題に直面した漁業者たちは、このままの操業を続けると、遠からずサクラエビ漁業は崩壊すると不安になったそうです。

そこで、漁業共同組合の幹部たちは漁業資源の研究者を交えて対策を論じ、その中から、「際限のない漁獲競争を規制し、経営の合理化と資源保護のための生産調整を実施するには、所得面から平等化する以外に手はない」という考えが出てきました。

66年、3つの漁協のうち由比地区で、水揚げ代金の均等分配制度(プール計算制)を試験的に採り入れました。68年には大豊漁による魚価格の暴落により、漁業者が約50トンものサクラエビを海に投棄するという事件がありました。魚価が大きく変動する中で、プール制は、資源保護だけではなく、価格の安定化にも有効であることがわかったのです。

そして、蒲原・大井川でもプール制が始まりました。ところが3つの漁協は同じ海域で漁をするため、今度は3つの地区間での漁獲集団競争が起こりました。対抗意識が激化して、資源管理の効果もおぼつかなくなったのです。

ところがそのころ、田子の浦のヘドロ公害が大きな社会問題となったため、漁民たちは一体となって反対闘争に立ち上がりました。このことから、地区意識を超えた強固な連帯感が生まれ、共通の問題には共同で対処するという気運が高まっていったそうです。

そして、地区別プール制ではうまくいかないと、77年から3地区の全船120隻を統合した総プール制度が採用されました。3漁協の全船が操業に当たり、水揚げ金額も全船平等に配分される制度ができたのです。

漁協での混乱を避け、資源状態や翌日の天候によって漁獲量を調整するため、3漁協の委員からなる出漁対策委員会が、漁期中の毎日正午ごろ、当日の出漁の可否、水揚げ目標、操業場所、出漁時刻等について協議します。出漁時には、司令塔役の漁船を決め、全船が漁場に到着すると、司令船からの無線による指示で一斉に操業を開始します。漁船は各地区別に4班に分け、実際に曳き網を行う船と、曳き網を行わず漁場付近で司令塔からの指示を待つ船とに分け、漁獲量の調整をしやすくしています。

網を上げた船は、それぞれの漁獲量を司令船に無線で報告し、司令船は全船の漁獲量を合計し、出漁対策委員会で定めたその日の水揚げ目標に達すると、操業は終了となります。

漁船は3漁協に戻って水揚げし、全体の水揚げ金額の合計から販売手数料等を差し引いた金額を、船主53%、乗組員47%の一定比率で配分し、それぞれを船主、乗組員総数で均等に割った金額が各人の取り分となります。

由比漁協の望月理事は、「サクラエビは一年ものだから、親を獲ると子もいなくなってしまう。銀行に預けた元金に手をつけずに利子だけで暮らせばずっと生活できるのと同じ」と言います。一時的に魚価が安いから、もっと儲けたいからと元金に手をつけてしまうと、それこそ、元も子もなくなってしまうのですね。「そうすると、しばらくは我慢して元金が戻るのを待つしかない」。

海の中の資源は、目に見えないために、そもそも元金がどのくらいあるのか、いま増えているのか減っているのかもわからないため、資源管理はとても難しいと言われます。サクラエビ漁業では、夏の休漁期には2日に1度、産卵調査を行い、水温や産卵状況、卵の発育状況を調べています。

一立方メートル当たりの卵の数を計算することによって、大まかではあっても海の中の資源量の動向を把握した上で、その年の水揚げ量を計画し、漁期には計画に従って漁をし、その利益を平等に配分する仕組みができているのです。

『さくらえび漁業一〇〇年史』(静岡新聞社)には、「サクラエビ漁の歴史を振り返ったとき、漁業者は、資源を保護しながら永続的に漁業を行うためには、無限に近い漁獲競争意欲を合理的に規制する必要性を身をもって学んだといえる」と書いてあります。望月理事も「プール制がなかったら、今の漁業はなかった。2、3年で獲り尽くしてしまっただろう」と断言していました。

このように、総プール制を設けて資源管理型漁業を行っている例は、日本にも世界にもほとんど例がありません。40年も前からこのような仕組みをつくり、守り続けている駿河湾のサクラエビ漁は、これからの持続可能な社会での生産活動、そして定常経済における経済活動のあり方に大きな指針と希望を与えてくれます。

(ビジネス雑誌「エルネオス」での連載「枝廣淳子のプロジェクトe」2006年より)

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