「小さな政府」に転換したイギリス
- 枝廣:
- ある一定の成長の中で経済をまわしていく、という考え方ですよね。なぜ、それではだめだったのでしょうか。
- 平山:
- 資本主義は、儲けが少なくなることは嫌なんです。利益率を維持する、もしくは高めたいと常に考えるのです。そのために、大きな政府から、また成長力の高い小さな政府に戻るのです。それをやったのが、サッチャーです。サッチャーは、こんな経済学的なことは意識していなかった。ただ、ケインズの対局で論戦をしていたハイエクの弟子のキース・ジョセフという人が経済大臣で、サッチャーは彼のアドバイスを受けて、小さな政府への政策を選択実行しましたが、彼女を一番駆り立てたのは、このまま国営企業等が増えてゆくと英国は社会主義国家になるのではという強い懸念でした。
- 小さい政府では、政府は余計なことをしない。福祉もカット。大学の先生の給与も、病院のお医者さんの給与もカット。国営企業が担っている8つの部門は、民営化する。企業活動がより自由に行えるように規制緩和。そしてもう1つ重要なのが税制改正、累進の傾きを低くするということをしました。 儲かったら、その分儲けた人がより多くの所得を自分で使えるようにしたということです。そのほうが人は頑張るので成長力が高まるからです。
- 大きな政府では累進がきついので、稼いだ人からより多くの税をもらいます。その分で困っている人を救うことも含め多くの福祉を行います。ですから大きい政府では福祉は公助です。公がやる。それに対して、小さな政府では国は極力余計なことはしない、自助が原則です。税金も少ないから儲けた人はさらに儲けようとする。追加投資もするから、成長率が高くなる。逆に大きな政府のほうは成長率が低い。
- 大きな政府で行き詰った時、成長率が8%から4%に下がっても、財政は立て直さなくてはなりませんが、大きい政府に踏みとどまって、成長力4%でもみんなが満足して「最大多数の最大幸福」という目的を達成しようとすればいいのに、成長力回復を狙ってもう1度小さな政府へ戻ったのです。
- 「サッチャーがイギリスを活性化した」と評価されたでしょう。それは、労働党を倒して、保守党政権を樹立し大きな政府から小さな政府へと国の形を変えたからです。それによってイギリスを「眠れる獅子」から「成長力のある経済国家」に変えたことが評価されているのです。それがサッチャー革命です。米国ではフリードマンの経済理論を取り入れ、レーガン大統領が「レーガノミクス」と言われた大減税を柱とする経済政策をやりました。
写真:マーガレット・サッチャーとロナルド・レーガン
- 枝廣:
- 成長率というのは高いほうが「いい」のでしょうか?
- 平山:
- これは難しい。小さな政府のほうが成長率は高い。資本家は成長率が高い方がいい。だから論理的には、資本は成長率の高い小さい政府を好む。市場主義、新自由主義とか言います。その中で更なる成長を求めてやったのがサブプライムローンです。
- 私は中央銀行にいたからよくわかるのですが、お金は商品にしてはいけないものなのです。マネーはモノと交換する手段で、それ自体を売買してはいけない。住宅ローンというのは、貸金・借金というお金でしょう。それを国債とかと同じように証券化することによって、値段を付けて売買した。しかも、サブプライムローンというのは、本来は銀行から借りることが出来ない低所得者へのリスクの高い住宅ローン債権です。リスクが高い分、利回りが高くなり、儲るかもしれないと始められたものですが、本当はやってはいけないものだと私は思います。
- サブプライムは住宅価格が上昇している間は、問題は表面化しませんでしたが、バブルがはじけ、住宅価格が下がり始めると問題が一挙に表面化しました。サプライム債権が急落し、それを大量に保有していた銀行、証券会社等に信用不安が生じたのですが、それは翌年「リーマンショック」を引き起こしました。行き過ぎた市場主義の結果です。
- 小さな政府も「最大多数の最大幸福」を目的としています。早く経済成長して豊かになることによって人々は幸せになるというのがこのシステムの狙いです。ところが、早く成長してみんなが豊かになれば良いのですが、競争で成長を早くしようとする分、格差が生じる。富をみんなに等しく分配しないといけない。でもそうした所得の再配分手段がないのです。
- 枝廣:
- どうして再配分の手段はできないのでしょう?
- 平山:
- 再配分は税でやるのが一番有効です。やるなら累進税率の高い大きな政府のアプローチにしないといけないのですが、それをしないことが小さな政府の枠組なので、「再配分はしないという前提で、格差もならされず、みんなが豊かにはなれない」という、非常に矛盾したシステムなのです。
- 成長はみんなが豊かになるために必要だけれど、大きな所得格差を伴うので、豊かになって幸せな人と、そうでない人が出てくる。自助だから、福祉もあまりない。これは幸せな社会かと言うとそうではない。そうすると、大きな政府のほうがいいか? 公助によってある程度みんな幸せだ。けれど、成長力が非常に弱い。
- もう1つ、アダム・スミスは非常に優れています。「経済学の父」と言われていますが、彼の時代の経済学は、「いかにしたら資本が儲かるようになるか」ということよりも、「人間として生きるのにはどういう仕組みがいいか、人々が幸福に暮らすにはどういう社会システムが良いか」を考える学問でした。
- ですからアダム・スミスが経済学の前にやっているのは倫理学なのです。当時はそれが普通だったようで、倫理学をやって、経済学をやる。アダム・スミスは若い時に『道徳実践論』という本を書いていますが、今でも通用します。その中で、「人間には弱い人と賢い人がいる」と言っています。「弱い人」というのは、お金持ちになればなるほど、幸せになれると思っている人。「賢い人」は、あるところまで行くと、これ以上お金持ちになっても同じだ、別の価値に自分の生きがいを見いだしたほうがいいということが分かっている人です。