「最大多数の最大幸福」をめざすために
経済学における幸福とは-
- 枝廣:
- 「弱い人と賢い人」、先生だったらどちらの人間を選びますか?
- 平山:
- 当然、「賢い人を選びたい」と答えると思うでしょう。ところがアダム・スミスに言わせると、世の中の大半の人は「弱い人」で、「賢い人」のほうがはるかに少ない。そこがまた難しい。大半が「弱い人」だから経済成長するわけです。みんなが良寛さんみたいに無欲になったら、消費は伸びなくなってしまう。そこは非常に真理を突いている。
- アダム・スミスは、もう1つ有名な『国富論』という経済の本を書いていますが、 彼はその中で重要な言葉を述べている。「利己心」という言葉です。「利己心」とはどういうことかと言うと、小さな政府は市場主義なので、人間としての欲望が需要として市場に正しく反映されて価格が決まるには、みんなが自分の欲望を率直に出さないと、適正な価格形成にならない。従って、「欲は欲として出してください」ということです。
- ここにあるものがあって、自分も欲しいと思い、隣の人も欲しいと思ったら、「どうぞ」と譲らないということです。譲っては駄目。争って取らないといけない。だから「利己心に従って行動する」ということが小さい政府型の国家では重要になります。
- でも、このシステムは成長が早くていいけれども、他人よりまず自分ということが重要視されるので人間どうしがギスギスする。これで幸せな心になれるのでしょうか。経済や社会の仕組みの最大の狙いは、「最大多数の最大幸福」ですから。
「国富論」とアダム・スミス
- 枝廣:
- 今の経済のシステムではいろいろなところで矛盾が出てきますよね。先生にとって、経済学において幸福になるというのはどういうことだと思われますか。
- 平山:
- お金がいっぱいあれば幸福になるというのはウソです。これは数十年、実証的に研究していて、もう分かっていることです。あるところまでは、所得が増えると、幸福感も比例して上昇する。しかしい、途中から、所得が上がっても、幸福感は全く上昇しなくなる。これは正しい。アダム・スミスは二百数十年前にわかっていたのです。
- 日本は、遅れに遅れて、小泉政権でやっと小さな政府に移行しようとしました。社会主義が滅んだのもそうだし、大きな政府から小さな政府へ戻ったのもそうだけど、人間にとって一番幸福になるのにいい仕組みだから選ばれたのではなくて、一番もうかるから、成長力があるからです。
- 成長力があるシステムが選ばれるということは、人間社会のシステムとして考えた時、それがいいかどうかは別です。だから経済成長を考える時に、「経済成長をすればいいという考えはちょっと間違っていますよ」と申し上げたわけです。
- みんなが幸せになるための経済、そのための成長とは何なのか?またそれはどうやって達成するか? 成長したほうが良いけれど、みんなを幸せにする成長はなかなかない。だったら、成長だけにこだわらなくても幸せを大事にする経済を構築するという社会を考えたほうが良い。
- だから、「みんなが幸せになれるシステムをどうつくるか」が一番大事で、その結果としてさっき言った3つの要素、つまり、自然に人が増えて、投資して、技術革新があって生産性が上がるというなら、成長すればいいと思います。
- ところが、アベノミクスみたいに、日銀がマネーをどんどん供給して、「インフレになるぞ」「今安いうちに買わなければ損だよ」と、みんなをインフレマインドに乗せてしまおうという政策は、どこかサブプライムに似てるでしょう? マネーで経済を動かす――こんなおかしいことがまかり通ること自体が問題です。そんな仕組みの社会でいいのかと言いたい。人間は欲があってだまされやすいから成り立ってしまうのです。
- だから私は、これは「アベノミクス」じゃなくて、「アベノリスク」だと言うんです。道徳的にとは言わないけれども、仕組みとして、本来、人間が一生懸命働いて、それに技術進歩があって成長するわけです。それを、日銀がマネーをばらまけば成長するなどという誤った成長は欲しくもない。やるべきではないし、人間が堕落するだけ。
- 日銀ができるのはインフレを抑えることと、インフレにすることだけです。経済成長はできません。有効需要を生み出す経済政策を政府がやらなければ成長はしません。公共事業を増やして、本格的需要増加までつないで、第3の矢である「国家再興戦略」でかつてのような成長のある日本経済を取り戻そうというのが安倍政権の戦略ですが、私に言わせればそれはできないでしょう。
- 川の水量が少なくて馬が水を飲みにくいというので、日銀が川の水量を増やして馬を水際まで連れて行ったとしても、水を飲むかどうかは馬次第なのです。では馬は飲むだろうか。私は飲む条件がいくら整っても飲まないだろうと思っています。
- 枝廣:
- それはなぜでしょう。
- 平山:
- ケインズが『一般理論』の最後に次のようなことを書いています。彼は資本主義論者ですが、社会主義論のマルクスのこともよく理解していました。ケインズの考えは、小さな政府は人間の心が利己心になるという問題があるから嫌だ、大きな政府のほうがいいというものです。ただし成長力や財政赤字とか、いろいろ気を付けないといけないことがある。配分を正確にやるにはどうしたらいいか、税制のあり方はどうか、など。
- そして、「経済はいずれ金利生活者が安楽死する時代がくる」と言っています。金利生活者が安楽死するということは、投資家が金を持っていって投資しようとしても、利益を得てもうかる投資案件がなくなる時代が来るということです。経済が成熟してゆくといい投資がなくなるということです。
- でも、「その時に嘆くことはない」とケインズは書いています。「成長が止まる時代がくる」とは言っていますが、「その時には新たな改革が行われて、新たな次の時代がくるでしょう」ということも言っています。どういう時代がくるかは言っていません。ただ、いずれ成長は止まるだろうと言っています。
写真:ジョン・メイナード・ケインズ